「Eco Value Interchange」バックナンバー
富士山に次ぐ標高日本第2位を誇る北岳をはじめ、数多くの3,000メール級高峰・名峰が連なる赤石山脈は、飛騨山脈および木曽山脈とともに「日本アルプス」として親しまれている。3つの山脈の中では最南端に連ねるため、通称「南アルプス」。その山裾から甲府盆地の西端にかけて広がるのが、山梨県南アルプス市だ。主な産業は、高地地形の緩やかな斜面を生かしたスモモ、モモ、サクランボなどの果樹栽培と、山岳地帯を中心にした観光産業。
こうした地域の特性を生かして、同市が省エネ・地球温暖化防止対策として展開しているのが、カーボンオフセット付き農産物の開発・販売と、市民参加による省エネ行動「わくわくエコチャレンジ」。今回は、EVI(Eco Value Interchange)とも縁浅からぬ、南アルプス市のこれらの取り組みについて紹介する。
市民参加によって省エネ行動を進める「わくわくエコチャレンジ」は、南アルプス市在住のうち家庭で取り組む省エネ行動に意欲を示す先着100名(世帯)の公募により実施している。環境省の「地域における市場メカニズムを活用した取り組みモデル事業」として採択された全国10件のうちの1つで、南アルプス市とEVI推進協議会(カルビー株式会社カルネコ事業部および三菱UFJリース株式会社)の関係3者が「南アルプス市低炭素化推進協議会」を組織して、協働で進める事業だ。平成24年12月-翌25年2月までの冬季3ヶ月間の実施が終了し(102名が申込み)、来たる7-9月の夏季3ヶ月も引き続き120名(世帯)を募集して実施する予定だ。
事業の核をなすのが、EVIのシステムに搭載された環境家計簿機能。このシステムに、東京電力が顧客に提供している「でんき家計簿サービス」を連動させ、月別の電気使用量データを取り込んで、期間中のCO2排出量を自動的に計算する。東京電力は顧客の過去3年間の電気使用量データを保存しているから、それをもとに前年比の削減量が算出できる。データの取り込み手続きも、申し込み時に委任状を提出することで協議会事務局が事務代行するから、参加者は煩雑な登録作業等の手間もなく、気軽に参加できる。
期間中、前年比でのCO2削減量1kgに対して12円分のポイントが発行され、毎月自動的に加算される。こうして貯まったポイントは、市内の協賛店・企業で使うことができる商品券等に交換できる(上限はトータルで200ポイント)。
参加者にとっては、省エネ・CO2削減の取り組みが進めばその分より多くのポイントを貯めることができるから、取り組みのインセンティブになる。しかも、煩雑な記録や計算、報告の必要なく、自動処理された報告が取りまとめられるため、手軽に参加して、“見える化”された削減努力の成果を楽しむことができるわけだ。
「いわゆる環境家計簿は、自ら記録することで、わが家のエネルギー使用量等をトータルに把握し、無駄を見つけながら削減努力をするところがポイントです。ただ、日々記録して状況を把握し続けるのはなかなか大変な作業ですから、相当に意識が高い人でないと続かないのが実情です。市としては、誰でも手軽に省エネ活動に参加して、CO2の削減効果が“見える化”できるような仕組みを提供し、全体的な温暖化対策の取り組みを進めたいと思って設計したのがこの事業です。当初のイメージとしては、子育て世代の忙しい人たちが、子どもといっしょに取り組んでもらうようなもの。いろんな削減努力をしてポイントが貯まる。そのポイント=CO2の削減量ということで、取り組み成果の“見える化”をしたところが、この事業の特徴だと思っています」
南アルプス市総合政策部地球温暖化対策室の樋泉孝司さんは、事業のねらいについてそう話す。環境に目を向けるきっかけづくりとしての位置づけというわけだ。
キャンペーンをきかっけに意識が高まって、その後も継続的に自宅のエネルギー使用量を気にするような習慣ができればなおよい。そのときには、ポイントなどのインセンティブがなくても、毎月の電気使用量やその削減効果を記録したり把握したりするためのツールとして、環境家計簿などを活用していく意識が生まれることも期待できる。
第1期として実施した冬季3ヶ月間の事業期間中、東京電力管内の平均電気使用量と較べて顕著な削減効果が見られたという。参加者の事後アンケートは現在取りまとめ中だが、参加によって温暖化対策への意識が高まったことは間違いないのではないかと、樋泉さんは事業の手応えを感じている。
同事業におけるポイントの原資には、同市内の山間部にある砂防堰堤を利用した小水力発電の自家消費分により創出した同市保有のJ-VERクレジットの販売資金を充当している。EVIでも販売実績があるが、将来的には地元企業に呼びかけて「わくわくエコチャレンジ」への賛同として購入してもらい、同時に自社のカーボンオフセットにも活用してもらう、そんな仕組みを構築していきたいという。
南アルプス市が、わくわくエコチャレンジに先駆けて取り組んできたのが、カーボンオフセット付き農産物の開発と販売だ。市の特産物である果樹などの農産物のうち、特にハウスものについて、環境負荷を軽減したエコ農産物として販売しようというのが、そもそものきっかけだった。
「果樹のまちですから、毎年剪定枝が出るし、数年に一度は樹木の植え替えもします。これらの木質資源を化石燃料代替のバイオマスエネルギーとして活用して、CO2の排出削減につなげようという発想です」
と説明する樋泉さん。より明確な“エコ”の基準を導入してアピールしようと調べていたときにカーボンオフセットの制度を知り、これを活用した環境配慮型農産物として売り出すことにした。高知県の森からJ-VERクレジットを購入して、1商品当たり5kgの排出権を付けて、一人一日当たりのCO2排出量(当時の試算値で5.67kg/人日)のほぼ全量を相殺する「消費者オフセット型商品」として開発した。
この年(平成23年)に取り組んだのは、ハウストマトの加温熱源を木質バイオマスに転換した「エコトマト」。市役所でラベルを作って箱詰めした、手作り感いっぱいの商品を、都内にある山梨県のアンテナショップに持ち込んで販売した。一定の手応えを得たものの、いくつか課題も見えてきた。
一つは、高知県産J-VERクレジットの購入。南アルプス産のカーボンオフセット付き農産物をアピールするのに、よそから買ってきた排出権を付けることへの違和感。幸い、南アルプス市では山間地の豊富な水資源を生かした小水力発電を行っていたから、ここで発電した電気量のうち隣接する公共施設で自家消費している分を活用してJ-VERクレジットの創出を申請。平成22年度分として90トンが23年度に認証され、さらに23年度分の56トンが24年度に追加認証された。このJ-VERクレジットは、EVIシステムでも取り扱っていて、販売の実績も生まれている。
もう一つの課題は、協力農家側の受け入れ体制だ。最初に協力してもらったハウストマト農家では、高齢のせいもあって試験導入した木質ペレットボイラーの管理などがよくわからないと、ほぼ市の方で面倒を見るような運用になっていた。農家さんの方で管理してもらう体制にしないと普及導入にはつながらない。
2年目の取り組みでは、よりニーズにマッチした農家さんを改めて選定することになり、ハウスサクランボ農家の飯野農園に協力を依頼することになった。農園主の飯野宣久さんは、木質ペレットボイラーの導入で、燃料代が高騰する重油ボイラーに較べて、経費が安くなったと同時に環境に配慮できていることがうれしいと喜ぶ。
同農園では、サクランボの木10数本を丸ごとすっぽりと覆う大型ハウスの中で、試験導入として貸りている木質ペレットボイラー1台と、それ以前から使ってきた重油ボイラー3台を併用して、ハウス内を加温している。メイン機として木質ペレットボイラーを稼働させ、外気温が低くハウス内温度が十分に上がらない時には、設定温度を2℃ほど低く設定した重油ボイラーが補助熱源として稼働するように設定。ハウス内を常時12-15℃に保温する。
この冬、一番寒い時期には、燃料タンク満杯に詰めた木質ペレット燃料を一晩で使い切ることもあるという。1袋10kgのペレット燃料が20袋分入るから、一晩で200kgを消費するわけだが、それでも重油ボイラーだけで加温することを考えると、安く済んでいる。
市内のサクランボ農家でハウス栽培をしているのは、今や10数軒。灯油や重油は上下しながらもあがり続けてきて、コストメリットが合わなくなってきているという。木質バイオマスが普及することで、燃料の安定供給とともに経費の削減が期待できる。それと同時にCO2の排出削減も促進する。さらに、そうして生産した農産物の環境付加価値をアピールしていくことで消費者の購買意欲の向上も期待できる。
木質ペレットボイラー導入時の初期費用としては、既存の重油ボイラーと同額程度で購入できるように支援していくことをめざす。木質ペレットの普及によって、新規農業者も含めて安定的な経営ができるような体制づくりにつなげたいという。同時にそれは地域の温暖化対策にも結びつくわけだ。
南アルプス市のカーボンオフセット付き農産物の開発では、実はもう一つ大きな課題があった。それが、販売ツールや流通手段の確保だ。県のアンテナショップに職員が出張っていって、手作りで販売をかけるのでは限界も感じていた。突破口となったのは、環境省の補助事業で縁ができたEVIによる商品プロモーションだった。
EVIを開発・運用するカルビー株式会社カルネコ事業部は、本業では主に同社商品の店頭販売促進ツールの効率的な制作・配送を行っている。見込み生産で無駄が生じるのを避けるため、オンデマンドの受注・生産で店頭販売促進ツールを各店舗に直接届けられるシステムを提供している。自社商品のためのプロモーションにとどまらず、顧客企業等にも提供しているこのシステムを、南アルプス市のカーボンオフセット付き農産物でも提供したのだ。
食品メーカーとしての経験とつながりをもとに、東京日本橋の高島屋や池袋の東武百貨店、北千住の丸井などに出店する「八百一」ブランドでの販売も決まった。売り場には、カルネコが準備したタイトルボード、カーボンオフセットのリーフレットなどの販促ツールが飾られた。
こだわりと真心を込めて栽培する農家さんが、一粒ごとに生育状況を見極めて最高のタイミングで出荷する贈答用の高級サクランボ。その温室サクランボの生産には重油などの化石燃料をほとんど使わずに再生可能エネルギーである南アルプス市産の木質ペレットを使っているから温暖化対策にもなっている。しかも商品には同市の小水力発電で創出したJ-VERを付けているから購入者の日常生活からのCO2排出量も相殺する。
──そんな思いを込めて、「いいひと、いいしな、いいくうき」というキャッチコピーをつけたカーボンオフセット付きサクランボは誕生した。
「1年目は、『いいひと、いいしな、いいくうき』というキャッチコピーを前面に打ち出して、飯野さんの人物紹介と農園で作っているサクランボの味と希少性をアピールしてイメージづくりを重視した店頭コミュニケーションを展開しました。2年目の今年は、商品の高級感や環境イメージだけでなく、“1人1日5.6kgのCO2排出を相殺するカーボンオフセット”という内容をきちんと明記して、環境配慮の意味を伝えるように変化させています。さらに将来的には、カーボンオフセットの仕組みやその意味などについてより深いメッセージを出していきたいと思っています」
EVI推進協議会の加藤孝一は、2年目を迎えた同商品のプロモーションのねらいについて、そう説明する。
カーボンオフセット付きサクランボの出荷量は昨年も今年も2,300箱を計画している。各5kgの排出権をつけるから、J-VERクレジットの償却量は総計で11.5トンになる。南アルプス市保有のJ-VERクレジットは、EVIでの取り扱いを通じても販売実績はあるものの、経費の全額を充当するほどではない。カーボンオフセット付き農産物も、冬季にはシンビジューム1,500鉢の販売もしたし、サクランボ販売は2年目を迎えて、商品に付けるクレジット量はどんどん増えている。ただ、J-VERの販売による資金回収ができなかったとしても、十分に意味ある事業として実施できていると南アルプス市の樋泉さんは言う。
「カーボンオフセット付きサクランボを購入してもらうことで、合計で10数トンのCO2削減につながるわけですが、実は農家さんがサクランボを作る時点で重油から木質ペレットに燃料転換したことによって、すでに15トンほどのCO2削減をしているのです。つまり、トータルで倍以上のCO2削減効果を得られるような事業といえます。わくわくエコチャレンジでも、市のJ-VERクレジットを使ってCO2を削減するとともに、各家庭の削減努力によってさらにCO2の削減が進みます」
J-VERクレジットを生み出すためには事務費が掛かっているから、販売しなければその分は持ち出しとなってしまう。しかし、J-VERを販売せずに地域の活性化のためやさらなるCO2の削減が進むような事業に使用することができれば、充分に意味をなす事業とみなすことができるのではないか──。使うことでさらなるCO2削減につながるような、そんな社会貢献的なJ-VERの使い方をしていきたい、そう話す樋泉さんだ。
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