山頭火とフクロウをモチーフにした作風で知られる版画家・秋山巌は、1921年生まれ、2014年に93歳で亡くなりました。存命であれば今年は生誕百年にあたります。
若き日に海軍落下傘兵として館山で厳しい特殊訓練を受け、戦後は棟方志功の門下となり、独自の木版画の世界を確立しました。
戦後65年を経た2010年、88歳のときに思い出の館山を訪れ、2つの落下傘部隊慰霊碑【注1】を参拝しました。トークショーを開いて従軍体験や芸術家としての半生を語り、大巌院の客殿ギャラリーで個展を開催しました。当時を振り返りながら、『館山富獄』と題して上空から見た館山湾のクロマツ林と富士山を描きました。
1941年9月、海軍初の落下傘部隊に選抜された精鋭1,500名の若者が、館山海軍航空隊に招集されました。
連日何時間も体育館のような格納庫で、落下傘のたたみ方や飛び出し方、着地方法などの基礎を身につけた後、上空300mからの降下訓練を行ないました。怖くて飛び出せずにいると後ろから蹴飛ばされ、無事に着地すると10円をもらえました。なかには落下傘が開かずに墜落したり、風に流されて館山湾に落ちて溺れたりと、訓練中に死んだ仲間もいたそうです。
「初めは固い床に、ワラ敷きの寝床。こんな待遇では厳しい訓練に体力が伴わない。俺が全員を代表して上官に申し出たところ認められ、その後、兵舎が与えられてゆっくり眠れるようになったよ」とのこと。
約2ヶ月の訓練の後、12月上旬には館山から台湾に移動し、日本軍の嘉義航空基地で最終訓練をしました。翌1942年2月、所属する横須賀鎮守府第三特別陸戦隊(横三特)はティモール島クーパンへの奇襲攻撃を成功させました。
8月ガダルカナル島の戦いに伴い、チューク(トラック)島、ミレ島の防備につき、11月に日本本土へ戻りました。12月から再び館山海軍砲術学校へ入り、第5期普通科砲術練習生となって、1943年3月まで各種兵器の取扱など陸上戦闘の訓練を受けました。
5月アッツ島の戦いを応援するため、300人の「白菊部隊」に編成されましたが、アッツ島の守備部隊は玉砕し、作戦中止となりました。
1944年1月潜水艦のコマンド部隊「S特別陸戦隊」に改編され、チューク(トラック)島やラバウルに進出し、翌年3月にはサイパン島守備にあたったものの、ガダルカナルを襲撃する200名の部隊に選抜されました。「たった200人で何ができる」と思いながらサイパンを発ちましたが、6月にはサイパンに米軍が上陸し、守備隊は玉砕。ここでも命が救われました。
こうして各地を転戦するなか生き長らえて、ラバウルで敗戦を迎えました。8月14日は戦闘機の来襲がなくおかしいなと思っていたら、15日に低空飛行で「日本は降伏した」と書かれたビラが撒かれました。やれやれという気持ちでホッとしたと言います。
その後、オーストラリア部隊(連合軍)の捕虜となり、現地の施設作りに動員されたといいます。捕虜生活では得意の絵で春画を描いては煙草を手に入れ、わりと優遇されていたそうです。
復員後は一時警察官となりましたが、1958年に太平洋美術学校に入学しました。ここで坂本繁二郎【注2】と出会い、指導を受けました。寡黙な先生で、ほどなく郷里の福岡に帰ってしまったと言います。
あるとき、日本橋の白木屋デパートの展覧会で棟方志功の作品に衝撃を受けて版画家を志し、門下生となりました。当時、棟方の師匠であり才能を認め支えつづけた民芸運動の柳宗悦【注3】と陶芸家の河井寛次郎が出入りしていました。
秋山は、棟方から「化け物を出せ」と言われ、柳から「井戸を2本掘れ」と言われた言葉を生涯の教えとして、心に刻んだと言います。絵一筋ではなく、文学や詩を読んだり、勉強して想像力を広げろという意味だったそうです。『遠野物語』を絵にしようと思って東北地方をまわったり、一茶や西東三鬼の俳句に興味を持ち、「化け物」を求めて各地を旅して回りました。
そんななか、種田山頭火の句に出会って開眼し、独自の世界観を切り拓きました。「生死(しょうじ)の中の雪降りしきる」という作品が永平寺本山のポスターに選ばれ、曹洞宗のカレンダーにも使われるようになりました。
また、息子のいたずら描きをヒントに、フクロウを作品のモチーフにしました。墨絵のような作品が海外でも好まれ、ロンドンの大英博物館やオーストラリア・イスラエル・スコットランドの国立美術館などに所蔵され、高い評価を得ています。
70歳を過ぎてから梵字の読み書きを独学でならい、毎日梵字で日記をつけていました。生涯現役で宗教や哲学などを幅広く学び、創作し続けたエネルギーは、今なお多くの人の心を励ましています。
2021年10月22日から2022年3月13日まで、山頭火ふるさと館(山口県防府市)にて「秋山巌原画展~拝啓山頭火さま」が開催されています。お近くの方はぜひお訪ねください。
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