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「『ブラサカ(R)』の持つ力を社会に!」バックナンバー

0092021.12.14UP東京パラリンピックを終えて、これからのパラスポーツと共生社会

オリンピック・パラリンピックを振り返ってみて

 コロナウィルスの影響で1年延期となった東京オリンピック・パラリンピックも、無観客という形ではありながら、何とか実施されました。それまで感染状況に戦々恐々とし、心落ち着かぬ生活を送っていたなかで、やはりスポーツというものの持つエネルギーをまざまざと見せつけられた今回のオリンピック・パラリンピックであったような気がします。テレビやネットニュースを見れば、連日各競技の結果が報道され一喜一憂する。あくまで、オリンピック・パラリンピックを楽しむ一ファンとしての目線で振り返ると、本当に久しぶりに生活の中に彩がよみがえったような気持でした。
 ブラインドサッカー日本代表に目を向けてみると、予選リーグの初戦、フランス代表戦は4-0の快勝で最高のスタートを切りましたが、世界最高峰のブラジル代表、アジア最強の中国代表戦は連敗し、予選グループ3位となり5位決定戦に回りました。メダル獲得を最大の目標としていた中で、精神的にも崩れてしまう恐れもありましたが、これまで積み上げてきた成果を全て発揮し、ヨーロッパ予選を勝ち抜いたスペイン代表に対して、黒田選手のスーパーゴールで1-0の勝利。初のパラリンピックは5位という結果で終えました。
 これまでブラインドサッカーに関わってきた人間として、その戦いぶりは非常にこみ上げるものがありましたし、一人一人のドラマを回想すると自然と涙がこぼれ落ちていました。やはり、競技の見ごたえ、面白さもさることながら、一人一人のそこまでにいたる背景が一つの物語ですし、そういった部分がもっと適切な形で世の中に伝わると、さらに競技を応援してくれる方、そして選手一人一人を応援してくれる方が増えるのではないか、そんなことを感じました。今回のパラリンピックをきっかけに、競技のみならず、一人一人のストーリーが世の中に伝わることを願います。


パラリンピックレガシー

 レガシーという言葉をよく聞くと思います。オリンピックレガシー。パラリンピックレガシー。要するに、オリンピック・パラリンピックを一過性の盛り上がりを成すお祭りととらえるのではなく、それをきっかけとして社会に良い変化をもたらすための“遺産”とするという考え方になります。
 そういった観点で社会を見てみると、開催に至るまでは、これまでとは異なり、パラリンピアンにフォーカスをあてた報道やテレビ番組が多かったことで(ちなみにリオパラリンピックは154の国と地域でテレビ放送され、41億人以上が視聴したとされ、ロンドンパラリンピックの38億人と比べ7%増加した。放送時間の合計数は5,110時間近くに上ったが、これは北京とロンドンの合計放送時間よりも多いとの報道もあります。)、間違いなくパラリンピック競技、選手に対する注目度は高かったことでしょう。それに伴い、様々な競技があることが多くの方に知られたのではないでしょうか。これは非常に大きなことであり、共生社会に向けても大きな変化であると感じています。
 そういった中で、私自身考えることは、それぞれの競技が今後どう継続して活動をし、強化をしていくか、また対象となる障がいのある方を受け入れる土台を作っていけるか、という部分になります。幸い、2022年度3月までの活動とされていた日本財団パラリンピックサポートセンター、関係者で言うところの“パラサポ”の活動が継続されることが今年早々に発表されたことは、各競技団体においては心強くうつっているかと思います。
 以前もお話したかと思いますが、多くのパラスポーツ(障がい者スポーツ)は8~9割は助成金事業としての活動が多い状況です。今回のパラリンピックで注目が集まった中で、安定した活動を継続していくうえでも、パラサポの存在は非常に大きなものとなるでしょう。そのうえで、今後の自主自立した活動を実現していくには、より競技の魅力を発信していくこと、そして熱量を持ってそれぞれの競技が社会に対してどういったインパクトを持つことができるのかを深堀し、一歩一歩実を重ねていくことで、社会や企業、個人からの“共感”を獲得していくことが必要になってくることと思います。


一方で一個人としての変化をみてみると

向かって左から、天王洲アイルブラサカサポートプロジェクトの佐藤さん、寺西一選手、筆者(パラリンピック後の懇親の場にて)

向かって左から、天王洲アイルブラサカサポートプロジェクトの佐藤さん、寺西一選手、筆者(パラリンピック後の懇親の場にて)

 社会の中での変化は、事実として起こっていますが、個人の主観で感じる部分に関しても触れてみたいと思います。パラリンピック後、パラスポーツ関係者との人脈が広がったり、生活の中で障がいのある方との接点が増えたりといった目に見える変化というのは実はあまり感じていません。前項で話していたこととは逆に、パラリンピック後は競技を扱う報道も減ったことから、パラスポーツに触れる時間の総量は減ってきていると思います。そうするとやはり人の記憶というものはどんどん上塗りされていくものですので、パラリンピック時にあった、パラスポーツへの興味関心や障がいのある方への関心などは少しずつ薄まってきていると感じます。
 私個人で見れば、以前よりパラアスリートとの関りも深くあるので、障がいのある方への意識や配慮がなくなるようなことはないのですが、元々そういた環境下にない方々ですと、パラリンピック後はパラスポーツや障がいのある方と触れ合うことのない方がほとんどではないかと思います。人の意識を変えることは簡単ではないですし、環境面の合理的配慮から、少しずつ少しずつパラスポーツの機運醸成が図られてきたこの数年を無駄にしないためにも、国や自治体や企業、そして当事者意識を持つ個人個人でできることをまたここから積み重ねていくことが大切だと感じます。


「闇を泳ぐ 全盲スイマー、自分を超えて世界に挑む。」(著者:木村敬一、出版社:ミライカナイ、発行日:2021年8月20日、価格:1,500円+税)

「闇を泳ぐ 全盲スイマー、自分を超えて世界に挑む。」(著者:木村敬一、出版社:ミライカナイ、発行日:2021年8月20日、価格:1,500円+税)

 あ、ただそういった中で、今回のパラリンピックを経ての個人的な変化で言いますと、ブラインドサッカー以外のパラスポーツにも興味を持ち始めたということがあげられます。特にパラ水泳は日々テレビでもチェックしていましたし、金メダルを獲得した木村敬一選手のドキュメンタリーなどを見たことから木村選手は特に注目してみていました。
 私自身仲良くしているブラインドサッカー日本代表として出場した寺西一さんと中学生時代ともに寮生活を送っていたとの縁もあって、木村選手の書籍も読ませていただきました。競技のことや、一つ一つの出来事に対する心理描写も非常に面白いもの、心揺さぶられるものもあり、あっという間に読み終えていました。私自身繰り返し読んでしまった部分は、木村選手や寺西選手を含め、視覚に障害を持つ学生同士が寮生活の中で様々なチャレンジをしたり、悪ふざけをしたりなど、一つの青春模様がとても爽やかに面白く、感情移入できるような内容で描かれていた部分でした。さながら映画スタンドバイミーなような空気感がそこにはありました。視力がない中で、その時に持っている力や知識で人生を楽しむ姿、ちょっとした葛藤や迷いがある部分がいかにも人間らしく、心が洗われるような気持になりました。


これからの自分ができること

幼児教育スポーツとして開発しているランバイク競技

幼児教育スポーツとして開発しているランバイク競技

 ではこれから自分自身が、いわゆる“共生社会”に向けてできることは何だろう??とあれこれ考えました。個人の範囲でできることはどうしても限られます。
 9月より、私は次回のパリパラリンピック、その先のロサンゼルスパラリンピックに向けて強化をしている次世代を担う選手たちのグループ強化のコーチとして活動させていただくことになり、現在月1回ほどの合宿に参加しています。また、学校機関での体験や講演の依頼も少なくありません。まずは引き続きブラインドサッカーという競技に関わり、自分自身の持てる経験値や時間を可能な限り投下していくこと、そしてその様子を社会に発信していくことは、しっかり取り組んできたいと考えています。
 また、現在ランバイクという幼児教育スポーツの事業開発を行っておりますが、今後はプロアスリートのキャリア支援事業も行っていく予定です。パラスポーツ、幼児スポーツ、プロスポーツ、様々なカテゴリーのスポーツに関わる人間として、それらの接点を創出していくことも、私に出来ることかもしれません。
 いきなり大きなことはできませんが。これまで育ませていただいた人脈や経験を今後も引き続き大切にさせてもらいながら、プラスアルファの上積みをしていき、共生社会に向けて一人の人間として今後も取り組んでいきたいと思います。誰もが互いを理解し、優しい共生社会は、真の豊かさであるということを信じながら。


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