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「ドイツ黒い森地方の地域創生と持続可能性」バックナンバー

0132022.04.05UP春に食べる野生食

食べるとクマのように強くなる野草

 モクレンの花が咲き始め、桜の花が散り終わるまでの間──南西ドイツでは3月半ばから4月半ばにかけての時期であるが──、我が家で毎年恒例になっている行事がある。週に1、2度、子供たちと森に「Bärlauch(クマネギ)」を採りに行く。このドイツ語の名前には、食べるとクマのように強くなる、という意味が込められている。
 湿った土壌で日当たりがいい限られた条件の場所にしか生息しないので、場所を知っている必要がある。ぶらぶら歩いていて偶然見つかるものではない。3人の子供たちが通ったヴァルトキルヒ市の森の幼稚園の「遊び場」である100haくらいの広い森の中、奥まった場所の小さな窪地に毎年生えてくる。3年前まで幼稚園に通っていた9歳の末娘が数年前に教えてくれた「ヒミツの場所」だ。森の基幹道から林内に入り、藪を抜けて、少し奥まった湿地の広葉樹林の林床。人目につかないので、競合も少ない。

 「Bärlauch(クマネギ)」の学名は「Allium victorialis」。日本でも、北陸、東北、北海道などの寒冷地の森で、日本産の亜種が生息していて、「ギョウジャニンニク」という名前がつけられている。本州では標高の高い山の奥深くにしか育たない。名前の由来は、その山奥のこの野草を、山にこもる修験道の行者が食べたことからとも、逆にこれを食べると滋養がつきすぎて修行にならないため、食べることを禁じられたからとも言われている。
 ドイツ名でも日本名でも、栄養価が高く、滋養強壮効果がある食べ物であることが想像できる。実際に、鉄、マグネシウム、カリウム、亜鉛などのミネラル分、ビタミン類を多く含んでいる。また、ニンニクの滋養強壮成分として有名な硫化アリル群(アリシンなど)は、ニンニクの4倍ほどある。この成分は、抗菌作用、炎症の抑制・防止、抗ウイルス、疲労回復、血栓溶解、高血圧抑制、中性脂肪抑制、尿酸低減など、幅広い健康機能を持っている。

桜が満開のシュヴァルツヴァルトの牧草地

ギョウジャニンニクが育つ「秘密の場所」


健康上不安定になりやすい春の気候にピッタリとマッチした、抜群の自然食材

 春は、気候が不安定な季節。ドイツでは「4月、4月、彼はやりたい放題」「気まぐれ4月」といった言い回しがある。日中20℃を超える陽気の日が数日続いたと思うと、次の日はいきなり気温が零下になり、雪が降ったり、冬と夏が綱の引き合いをする。激しい寒暖差や目まぐるしい気圧の変化などで、多くの人が、疲労や倦怠感、気分の落ち込みなど「春バテ」する。ギョウジャニンニクは、健康上不安定になりやすいこの時期にピッタリとマッチした、抜群の自然食材だ。

 ヨーロッパでは、古代ケルト人、ゲルマン人、ローマ人の間で、この野草の薬用効果が知られていた。薬草の研究が盛んに行われた中世の修道院でも、ギョウジャニンニクの血液と胃腸をきれいにする作用が注目されていた。日本でも、北海道のアイヌ民族の人々の間で、肺炎、風邪、下痢から火傷、打ち身、消毒などの万能薬として食されていた。北海道では現在、「アイヌネギ」という別名もある。

 ギョウジャニンニクを使った料理は様々だ。ドイツでは、クリームスープやジャガイモスープに混ぜたり、フレッシュチーズやバターに練り込んでパンに塗って食べたり、ニョッキパスタにしたりする。ペストソースにして保存食にすることも多い。地元のレストランでも、季節ものとして、これらの料理がメニューに並んでいる。日本では、おひたし、炒め物、天ぷらや酢の物などによく使われる。ドイツに住む日本人家族である我が家では、その時の気分や時間の有無で、どちらのタイプの料理もする。朝食時に卵と一緒にフライパンで炒めるのは簡単で、食べるとエネルギーが体に行き渡り、仕事をする意欲が湧いてくる。

ギョウジャニンニクとジャガイモのスープ

ギョウジャニンニクのペストソース

孤独な森の中、野生の薬剤に助けられた経験

生命溢れる初夏の森

 森や草原で、木々や草花が冬の眠りから一気に目覚め、生命を開花させる、躍動感があるこの時期に、採っても採っても、次々に新しい芽を出して、一面に溢れかえるギョウジャニンニクを見ると、自然は雄大に余剰生産していると感じる。私の周りの自然には、このほかにも、煮たり、炒めたり、酢漬けにしたり、お茶に入れたりできる健康食材がたくさん溢れかえっている。日本にもある代表的なものでは、タンポポ、イラクサ、クローバ、マツやモミの針葉、ニワトコの花、ハシバミやクリなどがある。全て自然が勝手にもたらす恵みで、人間が耕したり、肥料を撒いたり、農薬を使ったりする必要は全くない。「資源が少ない」「食料が足りない」というのは、公平に、計画的に、気くばりをして、採取、分配、利用、維持管理が十分にできていない人間の戯言のように思えてくる。

 近年の健康意識の増大により、現代の農業や食文化の中で長い間、忘れ去られていた野生の食材に、少しづつであるが、再び注目が集まっている。野生料理本もたくさん出版されている。過去2年のコロナ危機で、身近な自然やそれらが育む多彩な食材への関心はより一層高まった感がある。

 昨年11月、私は孤独な森の中で野生の薬剤に助けられた。小雪も散らつく寒い中、マウンテンバイクで標高1300mの山に登頂中、両脚が引きつって、林道端で動けなくなった。水を飲みすぎたり、汗を大量に掻いた時によくある症状で、普段は前もってマグネシウムの錠剤を飲むか、水に溶かして持参するが、それを忘れていた。人気もなく、もうすぐ日が暮れそうだったので、携帯電話で地元のボランティア山岳救助隊を呼ぼうかと考えた。その時、道端に生えるモミ木の葉っぱが目に入った。ミネラルが豊富で、ノロジカの冬場の貴重な栄養源でもある。もしかしたら効くかもしれないと思い、針葉をもぎ取ってムシャムシャとガムのように噛んで食べてみた。少し水を飲んで休んでいると、2、3分の間に、見事に引きつりが収まった。そして無事に下山することができた。


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