今年は数年ぶりにホワイトクリスマスになりそうだ。
私が住む南西ドイツ・シュヴァルツヴァルトは、標高1000m前後の山々が連なる地域。面積は長野県の3分の2くらいで、森林と牧草地がモザイク状に連なる牧歌的な風景が全体を覆う観光保養地である。年間宿泊数は延数で2000万泊、春から秋にかけてはハイキングやマウンテンバイク、冬はアルペンスキーやクロスカントリーが定番である。
ここ数年は、温暖化の影響で、スキー関連施設がたくさんの売り上げを期待できるクリスマスと年末年始に雪が降らなかった。昨シーズンは、標高1000mを超えるところでも、日中の気温が10度以上、平地のラインの平野で1月初めに桜が芽吹いた。
シュヴァルツヴァルトのスキー場は、そのほとんどがリフトが2つか3つくらいの小さなものであるが、標高1500m弱のシュヴァルツヴァルトで一番高い山フェルドベルクに14のリフトを操業する中規模スキー場がある。このフェルドベルクに隣接する自治体にとっては、スキー産業クラスターは重要な地域の経済基盤である。
ケルン大学スポーツ学研究所の試算によれば、フェルドベルク区域のウィンタースポーツ産業クラスターの年間の経済総生産は約8000万ユーロ(約105億円)で、この部門の自治体の税収は700万ユーロ(約9.3億円)もある。
フェルドベルクは、中級山岳地域のシュヴァルツヴァルトのなかにあって、アルプス地域と類似の気候で、寒く雪も多い場所であるが、温暖化の影響で、降雪量は過去数十年明らかに減っている。このスキー場が経済的にプラスでやっていくためには、年間100日以上リフトが稼働しなければならないが、12月半ばから4月半ばまでの期間、30cm以上の雪をなんとか維持するためには、人工降雪機を備えないとやっていけなくなっている。約30kmの滑走コースのうち10km(約20ヘクタール)で、約100台の人工降雪機を装備し、雪を補足している。それでもここ数年、100日のリフト稼働を維持するのが難しくなっている。
人工降雪機で雪をつくるのには、まず原料として大量の「水」が必要になる。ヨーロッパアルプス地域スキー場では、1haあたり1シーズンおよそ4000m3の水が必要になる。フェルトベルクでは1シーズンでおよそ80000m3の水を使用しているが、自然の雪水や雨水を人工の溜池に貯水して使っている。
「空からその場所に降ってきた自然の水で、それが人工雪となってその場所に撒かれる。原料は水だけで添加物もいれないので、自然環境への悪影響はほぼない」
スキー場運営事業体はそう主張するが、自然保護団体のNABUやBUNDは、
「自然の小川や周りの土地に分散される水が貯水池に集中するので、他の場所での水不足を招き、凍りやすくなり、生態系に悪影響を及ぼす」
と批判的な見解をもっている。
人工降雪機を稼働させるためのエネルギー使用量も問題視されている。フェルドベルクは約10km、約20ヘクタールの滑走コースに雪を補足するのに、年間約25万キロワット時のエネルギーを消費している。これは、約62世帯分のエネルギー消費量に相当する。
フェルドベルクだけみると、それほど大きな消費量ではないが、その他多くのスキー場で稼働する人工降雪機のエネルギー消費量を合わせると、かなりの量になる。
自然保護団体BUNDのレポートによれば、アルプス地域(オーストリア、スロベニア、イタリア、ドイツ、スイス、フランス)のスキー場の滑走コース約10万ヘクタールのうち、7万ヘクタールが人工降雪機を備えている(2014年の調査)。年間の予想エネルギー消費量は2100GWhにもなり、約50万世帯分に相当する。
温暖化で雪が少ないという問題を解決するために、大量のエネルギーを消費し、温暖化をさらに助長している、という悪循環の構図がある。
ドイツスキー連盟によると、人工降雪設備(貯水池、変圧機、降雪マシン、送水ポンプとパイプなど必要な設備すべて)の設置には、コース1kmあたり65万ユーロ(約8600万円)の初期投資費用がかかる。スイスでは、平均100万スイスフラン(約1億2700万円)である。さらに年間の経費は、ドイツで1kmあたり約35,000ユーロかかっている。
中規模以上のスキー場がある地域では、スキーは地域経済の需要な柱であり、多くの人の生活が支えられている。シュヴァルツヴァルトのフェルトベルクのような小さなスキーリゾート地でも、約2000人が本業や副業に従事している。シュヴァルツヴァルト地域は、ハイキングやマウンテンバイクなど夏の観光も盛んで、その中にあるフェルトベルク区域も宿泊数では夏が多いが、宿泊客が1日に落としていくお金は、スキーがある冬のほうが数倍多い。だからスキー場の運営主体であるフェルドベルク村も、スキーリフトの稼働日数を維持するために、高価で水とエネルギーをたくさん必要とする人工降雪設備に、過去10数年、多大な投資をしてきた。
しかし、温暖化は進む一方。雪が少なくなるほど年間経費は高くなり、人工降雪機へのさらなる投資の需要も増してくる。現在使用されている人工降雪機は、夜間気温がマイナス4度以下になってはじめて機能する。また貯水槽のなかに前もって十分な水がたまるくらい雨や雪が降っていなければならない。それらの前提条件が整わない日も増えている。昨年のクリスマスは、暖かすぎて、人工降雪機が稼働できず、スキー場のリフトは動かなかった。
温暖化が進み、降雪量が少なくなることは、専門的研究機関のシミュレーションでも明らかになっている。お金とエネルギーと水を使い、技術的な措置で「冬を追加購入する」という解決手段は、ヨーロッパでは、環境負荷の面でも、経済的な面でも限界に近づいている。すでに限界を超えて大きな問題になっている事例もある。
冬の観光はスキーだけではない。冬山散策や博物館、スパなど、観光やレジャーの多様性は増してきている。自然保護団体などを中心に、スキーだけに拘ること、それだけに多額で不確実な投資をし、しかも環境に負荷を与えることを批判する声が高まっている。
「現在のようにスキーができなくなる近い将来のことを考えて、オルタナティブな観光、レジャーに多面的な投資をしていくべきだ」と。
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