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「ドイツ黒い森地方の地域創生と持続可能性」バックナンバー

0122021.09.14UP何もせず、自然に委ねる場所

20年ぶりに再訪した氷河湖畔のお椀状の森

 シュヴァルツヴァルト最高峰のフェルドベルク山(標高1493m)の山頂部、小さな氷河湖の周りのお椀状の急峻な森林約100haは、1993年に原木利用が一切禁止された自然保護の最高カテゴリーに指定された。州によって呼び名や細かな規制は異なるが、私が住むバーデン=ヴュルテンベルク(BW)州では「Bannwald(禁制森)」という。
 この森に向かう道は、狭い岩だらけの登山道だけで、観光レジャー客はそこを歩いて森と湖を体験する。今年の夏、近場で日帰りバカンスをすることに決めた私の家族は、8月始めの日曜日にこの氷河湖畔の森を訪れた。私は学生のとき以来、ほぼ20年ぶりの再訪だった。

土に還っていく倒木(フェルトゼー禁制森)

土に還っていく倒木(フェルトゼー禁制森)

 森の樹種は、針葉樹のトウヒが5割くらい、残りはブナとカエデなどの広葉樹の混交森。過去数百年の間に人の手が入れられてきた森林であるが、近年になって50年あまりはほとんど手がつけられていない。風害で倒れた樹木や、夏の水不足などによる虫の害で立ち枯れになったトウヒがそのまま残されている。倒れてから10年以上の時間が経って、苔がたくさん生えている倒木もある。観光レジャーも利用が制限され、私が学生の頃は泳ぐことができた湖も、2000年からは湖畔での遊びや遊泳が禁止されている。
 ほぼ全ての森林が木材生産林であるドイツの森林には、自然・景観保護区域も含まれていて、それら指定の区域では、各カテゴリーに応じて利用の制限がある。「禁制森」は、それらのなかで人間の木材利用が一切禁止され、干渉は限られたレクレーション利用にとどめる自然保護の最高カテゴリーである。


森の国・ドイツの森林利用

 ドイツの国土面積は日本とほぼ同じ。「森の国」と呼ばれるが、森林率は約30%で日本の半分以下。北部は平地が多いが、中部から南部にかけて、丘陵地や山岳地がある。急峻な日本に比べて、人間が開拓しやすい場所が多いため、ほぼ全ての森は過去に大なり小なり人の手が入っている。原生の森はない。
 自然は硬直したものではない。気候や地形や地質、様々な生物種の相互作用によって、絶えず変化している。人間も自然界の一部であり、自然と「共生」している。進化の過程で脳を著しく発展させた人間はしかし、生活基盤である自然環境を、自分のイメージや思いに基づいて、大きく変える力を持った。
 人間が大きく変更を加えたものの、自然の多様性とバランスが維持創出されている共生関係がある。例えば日本の里山や鎮守の森、私が住むシュヴァルツヴァルトの近自然的森林業と多面的利用がされている牧草地のランドスケープなど。
 一方、自然の多様性もバランスも著しく低下させ、土壌や水質の劣化や、土砂崩れや洪水、旱魃といった災害を誘発させる「共生」とは言えない搾取的利用もある。とりわけここ100年ほどの間で、技術の進歩と人口の爆発的増加も相まって、それら非持続可能な自然利用が急速に拡大している。
 自然は人間が生きる空間であり、人間は、同時にそこから資材や食料や水を得なければならない。自然への干渉は避けられない。その干渉の仕方は、搾取的なものから調和的なもの、集約的なものから粗放的なものまで多様にある。できる限り調和的で粗放的なやり方が持続可能である。
 ドイツの森林では、ここ50年の間、調和的で粗放的なやり方が増え、均質から多様の方向へゆっくりと進んでいる。それはいい傾向であるが、問題は、ほぼすべての森林で、大なり小なり木材生産が行われていること。人間による自然への働きかけによって、それが調和的で粗放的であっても、生息場所を奪われてしまう生物種がいる。とりわけ、食物連鎖の頂点にいるオオカミや熊、オオヤマネコは、中欧では、人間による自然干渉と、一部はアクティブな駆除行為によって、過去に絶滅に追いやられた。そのような生物種は、人間の影響が少ない、人間がほとんど手をつけない、広いエリアが必要になる。またドイツで絶滅危惧種であるオオライチョウ(Auerhuhn)やエゾライチョウ(Haselhuhn)は、各種要素の組み合わせからなる特定の広い生息環境を必要とする。

現場から生まれ、現場との対話で発展している林学・森林学

フェルトゼー禁制森

フェルトゼー禁制森

 冒頭紹介したフェルドベルク山頂の森などでは、人間が手をつけないことで、自然の多様化への遷移を促すこと、希少な動植物を保護するという目的の他に、中長期的に手付かずの自然を観察して、そこから近自然的森林業やランドスケープマネージメントの知見を得ていくという目的もある。
 私は20年前の大学生時代に、倒木があることで昆虫や微生物の数が数段増え、土壌の生成にもポジティブに働き、土壌表面に湿気が保たれ、潜在植生の天然更新や、近辺の樹木の成長が促進されたりすること、また虫は弱った樹木や枯れ木に集中し、健康な樹木には広がらないことなどなど、森林についていろいろなことを学んだ。林学・森林学は、現場から生まれ、現場との対話で発展している実学。たくさんのデータや理論が蓄積されている現在でも、わかっていないことはたくさんある。いつも謙虚に根気強く自然を観察することが大切だ。
 ただ、100haといった比較的小さな保護面積は、一度絶滅した、また絶滅の危機に瀕している多く野生動物にとっては、生息領域として全く足りない。

バイエリッシャーヴァルト国立公園でキクイムシの被害後も自然の遷移に委ねている場所

バイエリッシャーヴァルト国立公園でキクイムシの被害後も自然の遷移に委ねている場所

 国立公園などでは、何も手をつけない禁制森などを核にして、その周りに利用を大部分抑えたバッファゾーン(緩衝帯)を設けるマネージメントも行われている。森林の国立公園で代表的なものとして、バイエルン州東部のオーストリアとチェコの国境沿いにあるバイエリッシャーヴァルト国立公園がある。1970年に国立公園に指定され、現在約2万4000ヘクタールの7割弱が、人間が何もしない「核ゾーン」に指定され、1983年の大嵐で約3万立米の風倒木被害が発生したときも、1990年にキクイムシの大量発生で多くの樹木が枯れる被害があった際にも、人間は手を加えずに自然の遷移に委ねている。


シュヴァルツヴァルト国立公園のゾーニング

シュヴァルツヴァルト国立公園のゾーニング

 シュヴァルツヴァルトにおいても、2014年に中北部の約1万ヘクタールのエリアが国立公園に指定され、その約6割の面積が「核ゾーン」として保護されていて、2035年までにはその周りの緩衝帯である「発展ゾーン」も含めて、約75%の面積が自然に委ねられる計画である。
 ドイツでは、こうした過去数十年における各地の自然マネージメントの影響もあってか、一度居なくなったオオカミやオオヤマネコが各地で観察されている。シュヴァルツヴァルトでは2015年来、11頭のオオカミが発見されている。熊はアルプスの山地や東ドイツのポーランドとの国境付近などで少しずつ数が増えているようだ。
 「禁制森」のような人間の利用を禁じ、自然に委ねる森は、ドイツではまだ、ほんの1%足らず。9月の連邦総選挙で政権獲得を狙う緑の党は、「原生森基金」を設立し、その資金で自然に委ねる森の面積を近い将来5%に、最終的には10%にしていくことを提案している。


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