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「ドイツ黒い森地方の地域創生と持続可能性」バックナンバー

0092020.07.21UPドイツで大豆の栽培-ドイツの豆腐工場Taifun社の挑戦-

 前回の連載記事(008)では、ドイツの豆腐のパイオニア企業「タイフーン豆腐有限会社」の成長の歴史とエコロジー運動との結びつきを紹介した。今回は、この会社が始めたドイツでの「大豆の契約栽培」と「品種改良事業」を紹介する。

ヨーロッパで大豆の栽培を!

契約農家とタイフーン社の農業エンジニア ©Taifun-Tofu GmbH

契約農家とタイフーン社の農業エンジニア ©Taifun-Tofu GmbH

 タイフーン社は、1986年の設立当初から、有機で遺伝子組み換えフリーの大豆だけで豆腐を作っている。最初の10年は、大豆は一大生産地であるアメリカとカナダから輸入して調達していた。ヨーロッパでは大豆の文化がなく、栽培されていなかったからだ。
 90年代に入ると、アメリカでの遺伝子組み換え大豆栽培の拡張に伴い問題が起こった。有機で遺伝子組み換えフリーの畑でも、周りの畑から遺伝子組み換えのタネが混ざったりするリスクが大きくなったのだ。100%有機と遺伝子組み換えフリーを保証することが難しくなった(ちなみに、現在の世界の大豆生産における遺伝子組み換え大豆の割合は約8割にまで上昇している)。また当時会社も急成長し、原料の需要も伸びていた時期で、原料調達を海外に頼っていることのリスク意識も高まっていた。
 問題の解決策としてタイフーン社は、1997年に地元のやる気のあるBIO(有機認証)農家に大豆の栽培を依頼した。最初の実験は8軒の農家による40ヘクタールから始まった。タイフーン社が立地する南西ドイツのフライブルク市周辺のオーバーライン平野部は、冷涼なドイツのなかでも比較的温暖で、暖かい気候を好む大豆も生長するだろうとの見込みがタイフーン社にはあった。
 最初の年は雑草が繁殖するなどの問題もあって、思ったような収穫量は得られなかったが、パイオニア精神旺盛な農家とタイフーン社は、それにめげず、年々栽培方法を改良し、安定した生産ができるようになってきた。会社で農家を専門的に支援コンサルティングする農業エンジニアを雇い積極的に支援し、契約農家は年々増加した。現在ではドイツとオーストリアとフランスに約100農家で合計1600ヘクタール、年間大豆生産量は3500トン以上となり、タイフーン社で必要とする大豆は全てこのヨーロッパの契約農家から調達している。
 タイフーン社は、豆腐というヨーロッパになかった食文化を広めることだけでなく、大豆というヨーロッパにとって新しい農作物の栽培の普及にも大きく貢献したのだ。ヨーロッパにおける大豆の栽培はここ15年あまりで急速に増え、EU28ケ国の現在の栽培面積は約100万ヘクタールとなっている(2017年統計)。


大豆は畑の土を豊かにする

 タイフーン社創設者のヘック氏やその仲間たちが、80年代の半ばに、アジア生まれの豆腐というヨーロッパにはなかった食品に注目した理由の一つは、大豆の栽培が畑の土を豊かにする効果があることであった。
 植物が生長するためにはいろいろな栄養が必要になるが、そのなかで窒素(N)は欠かせない主要栄養源である。タンパク質を構成する主要元素でもある。大気中には窒素が豊富に含まれる(大気中濃度の78%)ものの、植物は気体の窒素を直接吸収することはできず、土壌中で硝酸イオンやアンモニウムイオンの形にならないと窒素を吸収することはできない。
 そのため20世紀半ば以降の近代農業では、窒素をメインにした化学肥料が普及し、これによって植物の生長は促進された。反面、投入された窒素化学肥料の5割から7割は植物に吸収されないまま地下水に流れて河川や湖沼を富栄養化したり、土壌中で余った窒素肥料の化合物がバクテリアによって亜酸化窒素に変換されて大気中に放出され、オゾン層破壊の原因物質となったり、また化学肥料の製造にはたくさんのエネルギーを必要とするなど、さまざまな弊害が出ている。
 化学肥料に対して、大気中の窒素を土壌中で植物が吸収しやすい形に変換する自然界の仕組みもある。「緑肥」と呼ばれる植物の作用である。「緑肥」になるのは主にマメ科の植物で、根に共生する根粒菌が大気中の窒素を取り込み、植物が吸収できるアンモニアとして土壌中に固定する。化学肥料がなかった時代は、畑に「緑肥」植物を一定間隔に植えて、地力を回復、維持させることが一般的だった。大豆は収穫利用することもできる栄養価の高い植物で、なおかつ「緑肥」としての効果もある一石二鳥の優れものである。タイフーン社のBIOの契約農家にとっても大豆はありがたい生産物で、他の野菜や穀物の栽培のサイクルのなかに緑肥である大豆の栽培を組み合わせ、土壌を豊かに保つことができている。

世界の大豆生産と環境社会問題

1kgの大豆でどれだけの人間のタンパク質需要を満たせるか_肉と大豆の比較 ©Taifun-Tofu GmbH

1kgの大豆でどれだけの人間のタンパク質需要を満たせるか_肉と大豆の比較 ©Taifun-Tofu GmbH

 大豆は日本では「畑の肉」と呼ばれるように、タンパク質の比率が30-50%と非常に高く、また温暖なところであれば比較的栽培が容易で、虫や菌への耐性も他の豆や穀物類に比べて高いため、過去数十年の間で世界的に栽培面積が増えている人気の作物である。2017年の統計によると世界で約1億2000万ヘクタールの農地で年間約3億5000万トンの大豆が生産されている。栽培量が圧倒的に多いのが、1位アメリカで約1億2000万トン、ついでブラジルで1億1400万トンとなっている。世界の約75%の大豆がこの2つの国で生産されている。その大半の75%は動物の飼料として使用される。次いで19%がオイルになり、豆腐製品など人間が直接食べる食品になっている量はわずか6%である。
 肉の消費がここ20年あまりで増加したことで、ブラジルをはじめとした南米の国では、熱帯雨林やサバンナが開拓されて、単一栽培の大豆畑に変わっている。これによる生物多様性とCO2固定キャパシティの大幅な減少は、世界的に影響を及ぼす問題でもあり、原住民の生活の場も奪われている。ブラジルでは、過去20年の間に生産量が3000万トンから現在の1億4000万トンに、大豆栽培面積が約4800万ヘクタール増加している。
 肉と豆腐を比べた場合の効率の問題もある。1kgの牛や豚の肉を生産するためには、およそ10kgの大豆飼料が使用される。これに対して1kgの豆腐を生産するのに必要な大豆はわずか0.5kgである。人間が1人1日に摂取する必要があるタンパク質量で計算すると、100gの肉を生産するためには1kgの大豆が必要だ。同じ1kgの大豆から豆腐なら2kgができて、5人分のタンパク質を供給できる。同じタンパク質量を摂取するのに、肉は豆腐の5倍の栽培面積を必要とすることになる。
 資源をたくさん使い非効率で環境問題や社会問題をおこしている肉生産。それに替わるタンパク質源として豆腐の生産と流通を増やして、企業として持続可能な社会の構築に貢献することは、タイフーン社の設立以来の理念でもある。


寒冷地に向いた大豆の新品種の開発

 大豆はもともと温暖なところで生長する植物。一般に流通している品種は寒冷地のドイツでは最適ではない。これまでドイツのなかでも南部のバーデン・ヴュルテンベルク州やバイエルン州を中心に比較的温暖な地域を選んで栽培がされている。
 タイフーン社は、北ドイツや標高の高い冷涼な場所でも栽培が拡張できるよう、また現在の栽培地での面積あたりの収穫量も上げられるよう、シュツットガルトのホーエンハイム大学と契約農家との共同で、2011年から品種改良と栽培実験を行なっている。
 既存品種の掛け合せなどで新しい品種の候補ができると、今度は、ドイツの様々な気候条件の場所で実証実験が必要になる。その実験畑を確保することが大きな障壁だった。費用も手間もかかるプロセスである。この課題に対して、タイフーン社の幹部が奇抜なアイデアを出した。
 「趣味の園芸家をドイツ中から募集して協力してもらったらどうか」―というわけだ。
 ドイツでは家庭菜園がかなり普及しており、家に庭がない人のための市民農園も各地にある。2016年、ホーエンハイム大学とタイフーン社のプロジェクトチームは、「大豆実験1000の菜園」と銘打って、雑誌や新聞を使ってドイツ全土で協力農家や菜園家を募った。するとキャパシティを超える約2500の応募があった。そのうち1250の農家・菜園家、学校や幼稚園が選ばれ、約1000種類の交配種、合計14850のサンプルが送られ、ドイツ全土の菜園や畑で実験栽培が行われた。栽培者は、栽培中に仕様書に則って植物を観察・記録して、プロジェクトチームに定期的に報告。収穫した豆は、サンプリングしてホーエンハイム大学に送られ、分析が行われた。
 分析において重要な指標はタンパク質の量であった。通常の大豆のタンパク質量は35-45%で、実験栽培された大豆の8割もこのカテゴリーであったが、2%くらいのサンプルが45%以上という非常に高い値を出した。約1000種類の交配種は分析後、500種に絞られ、その500種の大豆で、タイフーン社はミニ豆腐をつくり、味やボリュームを分析した。
 2018年にも同様のプロジェクトが行われ、さらなる品種の絞り込みと改良が進み、2019年12月には、新品種「Tofina」が、ドイツで開発された最初の改良品種として公的に承認され、今年から本格的な栽培が開始されている。
 このプロジェクトの効果は、寒冷地に強く、豆腐にも向く品種が開発されただけではない。ドイツ全土のたくさんの市民や団体が、この大々的な大豆栽培実験プロジェクトに参加したことによって、メディアを騒がせ、社会のなかで、大豆や豆腐に関する情報が普及したことである。異例の「大豆の啓蒙運動」が起こった。ドイツのBIO、健康食品、ベジタリアン、ビガーンのブームを盛り上げることにも貢献した。タイフーン社は、豆腐製造だけでなく、大豆の栽培でもドイツで「大旋風」を巻き起こした。

「大豆実験1000の菜園」事業で収穫された交配種の大豆 ©Taifun-Tofu GmbH

「大豆実験1000の菜園」事業で収穫された交配種の大豆 ©Taifun-Tofu GmbH

500の交配種の大豆でミニ豆腐製造実験 ©Taifun-Tofu GmbH

500の交配種の大豆でミニ豆腐製造実験 ©Taifun-Tofu GmbH


「大豆実験1000の菜園」事業にドイツ全土からたくさんの農家・園芸家、学校、団体が参加 ©Taifun-Tofu GmbH

「大豆実験1000の菜園」事業にドイツ全土からたくさんの農家・園芸家、学校、団体が参加 ©Taifun-Tofu GmbH

「大豆実験1000の菜園」多数の報道の抜粋 ©Taifun-Tofu GmbH

「大豆実験1000の菜園」多数の報道の抜粋 ©Taifun-Tofu GmbH


 次回は、タイフーン社の「公益エコノミー」の取り組みについて紹介する。

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