「自然保護の現場から ~アメリカ国立公園滞在記~」バックナンバー
ヨセミテは国立公園として有名ですが、ウィルダネス(原生的な自然)という国立公園とはまた別の保護システムによっても守られています。アメリカ全体では、800か所以上のウィルダネスがあり、その総面積は1億1,200万エーカー(1)(約45万km2)と、日本の面積(約38万km2 (2))の1.2倍に相当する広大な面積を誇ります。そのため、今回はヨセミテのウィルダネスの制度について紹介したいと思います。
そもそも、ウィルダネスとは、原生的な自然を手つかずのまま保護し、人の影響を最小限に抑えるための保護制度です。道路や建物などの人工物は整備されず、人間の活動は自然を損ねない原始的なタイプのレクリエーションのみが限定的に認められます。他方、国立公園は、自然資源や文化的資源の保護に加え、人々が国立公園を楽しむレクリエーション利用も目的の一つとなっています。公園の資源についての理解を深める、また資源と関わることでの楽しみを増進するその利用のためにはビジターセンター、キャンプ場、道路といった施設の整備が行われます。
ウィルダネスとして指定される土地は、連邦政府の所有地であり、国のどの機関が管理するかはウィルダネスごとに異なりますが、国立公園局、国土管理局、魚類野生生物局、森林局が管理主体となります。ヨセミテでは、公園面積(約30万ha)の約94%が1964年に成立した「原生地域法(Wilderness Act)」により「ウィルダネス」にも指定されています。そのため、ヨセミテのウィルダネスは、国立公園と区域が重複しており、管理は国立公園局が行っています。
(参考)日本にも類似の制度がありますが、土地所有など日米の行政の制度的な違いがあります。日本では原生的な自然を保護するための自然環境保全法があり、自然環境保全地域が指定されていますが、国立公園の区域と重複して指定することはできない制度となっています。日本でも自然環境保全地域は「保護」が目的、一方で国立公園は「保護」だけでなく「利用」も目的としています。
ウィルダネスでは、ハイキングやキャンプなどアウトドアアクティビティを楽しむことができますが、利用には一定のルールが定められています。ヨセミテのウィルダネスには、ハーフドーム(ヨセミテ渓谷にある花崗岩ドーム)、ジョン・ミューア・トレイル(アメリカ自然保護の父と言われるジョン・ミューアにちなんで命名された、ヨセミテ渓谷からアメリカ本土最高峰標高4,418mのホイットニー山(セコイア・キングスキャニオン国立公園内)までの約340kmのトレイル)、パシフィック・クレスト・トレイル(アメリカ西海岸をメキシコ国境からカナダ国境まで南北に横断する約4,260kmのトレイル)など、人気の高いトレイルが多くあります。
基本的に宿泊を伴うハイキングには許可証が必要であり、登山口ごとに1日に入域可能な人数が制限されています。4月から10月までは予約と手数料の支払いが必要であり、政府のウェブサイトである「Recreation.gov」経由で予約・購入が可能です。2024年時点では手数料が15ドルで、予約枠の60%は24週間前に開放され事前抽選によって割り当てられますが、残りの40%は利用日の1週間前に開放される形になっていました。
ウィルダネスへ入域する前には、許可証をウィルダネスセンターで受け取り、レンジャーからレクチャーを受ける必要があります。レクチャーでは、テントは登山口から4マイル以上離れた場所に設営すること、排泄物は水系から100フィート以上離れ、6インチ以上の穴を掘り埋めることなど、環境インパクトを軽減するためのルールについて説明を受けます。
加えて、クマ対策として、食料やにおいのするものは国立公園が安全と認めたクマ対策用の容器(フードコンテナ)に入れて保管する必要があります(3)。フードコンテナは、ウィルダネスセンターにおいて5ドルでレンタルすることも可能です。また、クマの目撃情報を記入する報告シートも各ハイカーに手渡しされ、クマの目撃情報を利用者から報告してもらうシステムになっています。こうやって得られた目撃情報は、最終的に野生生物管理チームに届けられます。

ヨセミテバレーのウィルダネスセンター

フードコンテナ。蓋の開閉にはコインが必要でクマが開けられない仕組みになっている
ヨセミテ国立公園では国立公園職員の多くがヨセミテバレーで勤務していますが、休みの日にはヨセミテバレーより北側の高地にあるトゥオルミ・メドウズ(Tuolumne Meadows)まで足を延ばすのが人気でした。夏は気温が40度にもなることもある標高1,200mのヨセミテバレーと比べ、トゥオルミ・メドウズは標高が2,600mほどあり涼しいこと、また利用者や車が混雑するヨセミテバレーとは異なり、人が少ないことが人気の理由です。
私も仕事が休みの3日間を使ってトゥオルミ・メドウズ付近の高地での縦走(バックパッキング)を楽しみました。初日は、トゥオルミ・メドウズのウィルダネスセンターで許可証をもらい近くのトレイル口から入山しました。1日目はボーゲルサング(Vogelsang)というキャンプサイトまで12km、標高差は450m程度の緩い登りになっています。トレイルはきれいに整備されており、道の分岐にも看板が設置されていて分かりやすい道でした。一部の看板は、鉄板に文字をくりぬいたデザインとなっており、赤茶けた板は経年変化による味わいを感じさせながらも、文字部分は劣化しないためメンテナンスが不要でよく考えられたものだと思いました。

トゥオルミ・メドウズのウィルダネスセンター

入山口にある看板。ウィルダネスでのルールについて説明がある

鉄製の道案内用看板
通常ウィルダネスでは登山口から4マイル以上離れた場所であればどこでもテントを張ってもいいのですが、ボーゲルサングには、ハイシエラキャンプと呼ばれる予約が必要な山小屋が設置されているため、小屋から少し離れた場所にキャンプサイトが指定されています。キャンプサイトと言っても、管理人が常駐し、水場やトイレがあるような整備されたキャンプサイトではなく、各自好きな場所にテントを自由に張るスタイルでした。クマ対策のフードロッカーが5基ほど設置されているため、夜間やテントを離れる際にはロッカーを使える便利なサイトです。ただ、高山で気温も涼しいため蚊が非常に多く、食事も含めずっとテントの中で過ごさざるを得なかったのが残念でした。
2日目は、標高差の少ない10km程度の比較的容易なルートで、途中には湖もあり、気持ちよく歩くことができました。この日にすれ違った他のハイカーは10組程度で、自然の静けさや雄大さをゆっくり楽しむことができました。この日は人気のジョン・ミューア・トレイルに合流する地点まで進み、川沿いの平らな場所を探してテントを張りました。1日目、2日目ともに、川に近い場所にテントを張ることができたので、水の確保には苦労しませんでした。トイレについては、水系の近くを避ければどこでもよく、職場から借りた穴掘り用のスコップを使用しました。なお、日本の山岳地域では、山岳トイレの設置が少ない北海道を中心に携帯トイレの持参が普及していますが、今回のヨセミテではそういった携帯トイレの利用は見られませんでした。
そして最終日も10km程度の行程でしたが、道中には丸々と太ったキバラマーモットが岩の上に現れ、人がいても隠れないので、じっくり観察を楽しむことができました。また、クマを目撃したという人にも会いましたが、私が歩いた際にはクマに遭遇することはなく、無事ウィルダネスセンターまで戻ることができました。

1日目のトレイルの様子

1日目のテントサイト。フードロッカーが設置されている

キバラマーモット。お腹が黄色いのが特徴
3日間の行程中には出会いませんでしたが、ウィルダネスには、ウィルダネス担当のレンジャーがパトロールしており、ハイカーの許可証やトレイルの状況などをチェックしています。私が働いていた野生生物管理チームとの関係では、クマの目撃情報などを共有してもらったり、要注意なクマをモニタリングしてもらったりと、随時連携しながらクマの保護管理も行っていました。ウィルダネスを担当するレンジャーは、業務の一環としてウィルダネスを泊りがけで歩くことができ、アウトドア好きには魅力的な仕事に思えます。国立公園には多種多様な職種がありますが、採用の難易度もそれぞれ異なるようで、野生生物管理チームのような資源管理関係の職種は、大学での専門分野の履修だけでは不十分で、公園でのインターンやボランティアとしての実務経験が必須と言われている狭き門です。一方で、ウィルダネスレンジャーは、類似の業務経験が少なくても比較的採用されやすい職種とされており、若い世代の国立公園でのキャリアを始める上での入り口の一つになっているようです。
今回歩いたルートは、人気のジョン・ミューア・トレイルを除けば、他のハイカーとすれ違うことがほとんどなく、静かな自然の中で歩く時間を楽しむことができました。これはルートごとに人数制限がかけられているための恩恵であり、利用者が分散することで自然への環境負荷を抑えられるというメリットがあります。また、あらかじめ決められたキャンプサイトがなく、自分でテントを張る場所を選べる点も大きな魅力でした。日本の国立公園ではテントを張ってよい場所は基本的にキャンプサイトに限られているので、自由にテントを張る場所を選べる仕組みは新鮮に感じました。もちろん場所によっては、野営も制限されていますが、ルートごとに入域人数を定めることで環境へのインパクトを抑え、その範囲内では、ハイカーが自己責任で自由に活動できる仕組みになっています。このように、保全と利用のバランスを図りながら自由度を確保している点は、メリハリのある魅力的な制度であると感じました。
利用者の混雑を避け、公園利用時の満足度を高めるための取組は、ウィルダネスだけではなく、公園全体でも行われています。2024年には、ヨセミテ国立公園が混雑する時期には、ピークアワー・レザベーションという公園内への入場を事前に予約する制度が試行されていたので紹介します。
ヨセミテ国立公園までのアクセスや公園内での移動は車が基本です。ただ、夏休みや週末などの繁忙期には、車両渋滞や駐車場のオーバーフローが課題となっており、2020年から混雑緩和の社会実験が行われていました。その一環として、2024年には、7月1日から8月16日の毎日、また8月17日から10月の週末における入園にあたっては、「Recreation.gov」で2ドルを払い事前予約をする仕組みになっていました。同僚から聞いた話では、事前予約制になったことで、渋滞や路上駐車が以前より緩和されたということで、一定の効果があったようでした。とはいっても、土日に買い物などの用事があり公園外へ一度出て、日中に公園に戻ってくる際には、国立公園のエントランスまで長い渋滞が続き車中で1時間待つこともあり、完全に混雑がなくなっているわけではありませんでした。加えて、事前予約が必要なのは、午前5時から午後4時までの入園に限定されていたため、予約がなく入園できる時間を狙い、待機している車の渋滞も発生していました。
なお、2025年にも類似の形でピーク時には事前予約が必要となるシステムが継続されましたが、本年(2026年)は事前予約の仕組みは行わないとアナウンスされています。
国立公園エントランス付近の様子
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