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「自然保護の現場から ~アメリカ国立公園滞在記~」バックナンバー

0062024.12.10UP巨木の森を取り戻す取り組み-レッドウッズ・ライジング(Redwoods Rising)-

ついにレッドウッドのオフィスに出勤

 宿舎入居の翌日からさっそくレッドウッド国立公園での仕事が始まりました。職場は宿舎から車で15分ほどの場所にある、南部オペレーションセンターという建物で、オリックという小さい町に位置しています。オフィスの建物に入ると、廊下沿いの会議室の窓から制服を着た職員が会議をしているのが見え、ついにアメリカの国立公園のオフィスに来たんだと気分が盛り上がりました。南部オペレーションセンターには20名ほどが勤務しており、上司となるジェイソン(005「レッドウッドに到着」に登場)が各部署の職員に私を紹介してくれました。日本の役所のオフィスは広いフロアに職員がデスクを並べている形が一般的ですが、南部オペレーションセンターには、1~2名の職員がシェアしている個室と、パーテーションで区切られた半個室(キュービクルと呼ばれる)があり、プライバシーがある構造でありつつも、みんな声が大きいということもあってかもしれませんが、扉の空いている部屋から会話が聞こえてきてなんとなく話の内容も分かるという風通しのよい雰囲気がありました。


レッドウッド国立州立公園 南部オペレーションセンター

レッドウッド国立州立公園
南部オペレーションセンター

国立公園の職員だけでなく、一部の州立公園の職員も勤務している。2階建ての立派な建物。一般用駐車場には、電気自動車の充電器が置かれている。職員用の駐車場はフェンスで囲われてパスワードで扉が開くシステムになっており、周囲の治安があまりよくないことがうかがえる。


レッドウッドが保護されるようになるまで

 さて、レッドウッドはどんな国立公園なのでしょうか。公園名になっているレッドウッドは、その生育環境からコースト・レッドウッド(Sequoia sempervirens)とも呼ばれるヒノキ科の針葉樹です。樹齢2000年以上、直径8m、樹高は最大115mにもなり、世界一高い木と言われています。温暖で湿潤な気候を好むレッドウッドは、アメリカ西海岸のカリフォルニア州北部からオレゴン州南部の霧が発生する海岸沿いに分布しています。レッドウッドの巨木の存在自体が非常に貴重ですが、それだけでなくレッドウッドの地表高くにある枝や大きな樹冠には、コケや地衣類などが着生し、そこがサンショウウオなどの動物の生息場所、さらには絶滅に瀕しているマダラウミスズメ(Marbled Murrelet、Brachyramphus marmoratus)の営巣地になるなど、レッドウッドの原生林は多様で独特な生態系を育んでいます。


レッドウッドの原生林

レッドウッドの原生林
プレイリー・クリーク・レッドウッズ州立公園内のウェスト・リッジ・トレイル。起伏があり、いろんな高さからレッドウッドの巨木を眺めながら歩くことのできるトレイル。

ビッグ・ツリー

ビッグ・ツリー
プレイリー・クリーク・レッドウッズ州立公園内にあるビッグ・ツリーとよばれるレッドウッド。看板には、樹高87.2m、直径7.2m、幹の周りの長さ22.8m、推定樹齢1500年と書かれている。樹高が高すぎて、下から見上げても樹冠が見えない。


 こういったレッドウッドの原生林は、かつては200万エーカー(80万ha)あったと言われますが、19世紀後半からの伐採により、現在では5%しか残っていません。1849年のゴールドラッシュをきっかけに入植者が増え、木材の需要が激増したことを受け、レッドウッドが伐採されるようになりました。原生林が急速に姿を消し始めたことに危機感を覚えた市民により、1918年に「レッドウッド保護連盟(Save the Redwood League)」が設立されるなど、レッドウッドの保護活動も活発になり、1920年代にはカリフォルニア州政府が3つの州立公園(Prairie Creek Redwoods State Park、Del Norte Coast Redwoods State Park、Jedediah Smith Redwoods State Park)を設立しました。
 一方で連邦政府の動きは鈍く、レッドウッド国立公園が設立されたのは1968年でした。伐採業が主要産業であった地元からは公園設立への反対が強く、保護の対象とならなかった原生林では皆伐が継続されました。1978年には国立公園が拡張されましたが、拡張地域の多くは伐採跡地であったため、損なわれた環境を再生する取り組みが開始しました。


レッドウッド国立州立公園の看板の前で

レッドウッド国立州立公園の看板の前で
空港のあるアーケータ(Arcata)から国道101号を45分ほど車で北上した町オリックの手前にある「レッドウッド国立州立公園(Redwood National and State Parks)」の看板。1994年以降は、連邦政府と州政府が協力して国立州立公園という形で隣接する国立公園と州立公園を一体的に管理している。もともと木材の搬出のために、原生林を縦断するように道路が作られたことから、公園の南北に国道が通っている。そのため公園には入口のゲートがなく区域内の国道を自由に通過できる。また入園料も徴収していない。アメリカの国立公園は、基本的に入口にゲートがあり入園料の支払いが必要なので、簡単に通り抜けできるレッドウッドはめずらしい公園といえる。

レッドウッド国立州立公園

レッドウッド国立州立公園の位置図
緑色はレッドウッドの原生林。公園北部のクレセント・シティに公園の本部が、公園南部のオリックに南部オペレーションセンターが位置している。


レッドウッドの森を再生するための取り組み

 1978年以降、伐採された森をどうやって原生林に近い健全な森に再生できるのか、様々な試みが行われてきました。2018年からは「レッドウッズ・ライジング(Redwoods Rising)」と呼ばれる生態系再生のプロジェクトが進められています。「レッドウッズ・ライジング」は、レッドウッド保護連盟、レッドウッド国立公園とカリフォニア州立公園の協力により、森林生態系を30年以上かけて再生するという壮大なプロジェクトです。
 かつて伐採業者は、レッドウッドを皆伐した後、森を焼き払い、ダグラスモミなどの針葉樹の種子をヘリコプターから散布して放置していました。そのような二次林は、木が密生しているため木が細く、ダグラスモミ(Pseudotsuga menziesii)が優占する薄暗く生物多様性の低い森になっています。「レッドウッズ・ライジング」では、過密になっている木を間伐し、林内に日光が入るギャップを作ることで、将来的にレッドウッドが太く成長できるような環境を作り、何百年後かにはレッドウッドの巨木が育つような森に回復させることを目指しています。
 レッドウッドでの私の主な仕事は、森林再生を手伝うことでした。森林再生の仕事は、リーダーのジェイソンの下に、スコット、ゲイレンという技術士による森林チームが担当しており、私もその一員として仕事させてもらいました。間伐は雨があまり降らない春から秋にかけて行われるため、森林チームの冬場の作業は、今後間伐を実施する予定箇所の調査や、間伐の効果を検証するモニタリングの調査が中心でした。12月中旬には森林チームのジェイソンとゲイレンとともに、今夏に間伐をした箇所の調査を行いました。二次林に入る時は、木がいつ何時倒れてくるか分からないのでヘルメットをかぶり、調査に必要な道具(メジャー、コンパス、木に目印をつけるためのピンクテープなど)を入れられるポケットがたくさんあるベストを身に着け、足元は長靴か登山靴というファッションで臨みます。二次林の地表は、レッドウッドや他の針葉樹の落葉、落枝が厚く堆積し、ふかふかと足が沈むので、雪の上を歩いているような感覚に近いものがありました。とはいえ、落葉の下に隠れた倒木があったりするので、慎重に歩かないと時々段差に足を取られたりします。
 この日の調査は、今年の夏に「レッドウッズ・ライジング」により間伐が行われた区画において、間伐前のデータと比較して、どの木が残っているか確認するため、プロット内に生えている木を網羅的に把握するというものでした。木は、レッドウッド、シトカトウヒ(Picea sitchensis)、アメリカツガ(Tsuga heterophylla)、ダグラスモミの4種類がほとんどです。また、プロットの中心から東西南北の方面、真上の空の開空率も写真で記録します。ここに生えている木は、細く、幹全体に枯れた枝がたくさん残っていて、樹冠の葉っぱも少なく、健全とはいえません。間伐により、今後は、林内に日光が入るようになり、また競争相手となる木も減ったので、残った木が今後成長していくのか楽しみになります。


間伐後の調査の様子

間伐後の調査の様子(★)
林内から空が見え、日照環境が良くなったことが分かる。写真右側の細い3本の木や、写真中央の曲がっている木のすぐ横に写っている細い木はレッドウッドである。赤い調査ベスト、目立つ色のヘルメットが調査ファッションだ。

業務用の車

業務用の車
レッドウッズ・ライジング」の再生事業地の多くは、一般に公開されていない森の中にあり、ぬかるみの多い林道を通ることが多いため、このようなピックアップ・トラックで調査に出かける。政府の車は「U.S. Government」と書かれたライセンス・プレートが付いており、一目で官用車だと分かる。通勤時にはフォードのこの車を使わせてもらっていた。


 森に入って驚くのはレッドウッドの生命力です。レッドウッドは、種子からでなく、主に蒔芽更新(ぼうがこうしん)により新しい株が育ちます。おそらく間伐の作業の際に傷がついた幹や枝からも芽が生えており、この数か月の間で大きいものでは数10cmほどの高さに成長しています。また、かつて伐採された古い巨木の切り株の周りには、株を囲むように次世代のレッドウッドが生えていることもあり、フェアリー・リング(妖精の輪)とよばれています。
 それ以降の日は、ゲイレンとペアで、今後の間伐予定地での木の種類やサイズを調査するティンバー・クルージングと呼ばれる森林調査を行いました。ティンバー・クルージングでは、各区画の中心点から見た時に一定の太さ以上になる針葉樹の種類・樹高・直径を記録していきます。このデータは、間伐の手法の検討や、間伐により発生する材木の量をある程度把握するために行っています。間伐された木のうち、経済的価値のある木は製材業者が販売し、それで得られたお金は「レッドウッズ・ライジング」に還元されることになります。
 初めのうちは、樹皮だけで木の種類を見分けるのは難しかったのですが、調査日数を重ねるうちに識別できるようになりました。ただ、計測の単位は世界標準のメートル法ではなく、アメリカの単位であるインチやフィートを使うのでサイズ感がピンとこず、自分が計測したデータが正確なのか自信が持てなかったりして苦労しました。


間伐前の二次林の様子

間伐前の二次林の様子
ティンバー・クルージングをした森の様子。場所は異なるが、間伐をした森(写真★)と比較すると、木が密集し、暗い森であることが分かる。

古い切り株と間伐された二次林

古い切り株と間伐された二次林
昨シーズン「レッドウッズ・ライジング」により間伐された森。古いレッドウッドの切り株の写真左側には、切り傷が見える。これは、地表から2mほどの箇所で伐採するため、足掛かり用の板を設置していた跡である。また、切り株の右側に見える緑は、蒔芽更新したレッドウッドの実生木。


ワークスタイル

 日本では、12月29日から1月3日までは、行政機関や多くの一般企業は一斉に休みになります。アメリカは、クリスマスと元旦は祝日ですが、それ以外は営業日扱いです。とはいっても、クリスマス前から年明けまでは休暇をとっている人が多く、オフィスはひっそりとしていました。
 職員の多くの人は、週休3日制で働いていました。これは、通常なら8時間×5日間で1週間に40時間働くところを、フレックス制を使って月曜から木曜までの4日間に毎日10時間働き40時間をこなしてしまうというスタイルです。私も週休3日にしましたが、外出などの活動と休息がバランスよく取れ、非常によかったです。また残業はせず、終業時間になるとスパッとみんなオフィスからいなくなります。日本の残業文化に体が慣れていた自分にとっては新鮮でした。私は宿舎に帰るとインターネットが使えないので、定時後も少しオフィスに残ってネットで調べ物をしたりして過ごしていました。
 冬場は、霧雨のような雨が降る日が多く、冬とはいえ氷点下になることはありませんでした。暖かいので、冬なのにカエルの鳴き声が聞こえるのには驚きました。レッドウッドの成長にとっては、この湿潤で温暖な気候が重要なのです。大雨や強風があると、どこかで木が倒れ電線をふさいでしまって、宿舎が停電になることがよくありました。宿舎は国立公園の森の中にあるので、オリックの街中が復電しても、宿舎に電気が戻ってくるまでには結構時間差があり、長い時には3日間ほど停電したこともありました。暖房や調理用コンロも電気式だったので、1日以上停電すると大変でしたが、停電自体には、すぐに慣れキャンドルや懐中電灯を手元に常備しておくようになりました。

(次回に続く)


ミニコラム

~日常の一コマ~「オフラインでの娯楽」

 レッドウッドの宿舎は、携帯電波の圏外で、Wi-Fiも通っておらず、またテレビやラジオも入らない環境でした。緊急時のために固定電話は置かれていましたが、緊急番号の911しか繋がらず、完全に外界とは切り離された環境でした。そういう環境に置かれるといかに自分がインターネットに依存しているかがよく分かりました。人とのコミュニケーションだけでなく、調べ物、旅行の計画づくり、物の購入、楽しみのために聞くポッドキャストなど、生活の様々なところでインターネットに依存していることを痛感しました。
 宿舎の戸棚には、本、映画のDVD、ボードゲーム、パズルなどがたくさん置かれていました。このなかで一番気に入って楽しんだのがパズルです。1000ピースのパズルが、難易度も高く、また時間もかかり、達成感があります。国立公園をモチーフにした1000ピースのパズルは、ルームメートと一緒にチャレンジし1週間ほどで完成しました。ほぼ色が同じ海の部分や、国立公園の名前一覧は解明するのに時間がかかりましたが、最後は微妙な色合いの違いも見分けられるくらい目が肥えてくるのが醍醐味です。このパズルで、アメリカ本土の州の名前や、国立公園の象徴的なイメージなど学ぶこともできました。

国立公園をモチーフにしたパズル

国立公園をモチーフにしたパズル


関連リンク

「レッドウッズ・ライジング」について

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バックナンバー

  1. 001「ここに来るまで」
  2. 002「南極係の仕事」
  3. 003「南極で過ごした日々」
  4. 004「ヒグマとの関わりに悩んだ知床時代」
  5. 005「レッドウッドに到着」
  6. 006「巨木の森を取り戻す取り組み」-レッドウッズ・ライジング(Redwoods Rising)-

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