「自然保護の現場から ~アメリカ国立公園滞在記~」バックナンバー
南極係として東京で2年半働いた後、2018年の春に北海道知床にあるウトロ自然保護官事務所に赴任することになりました。これが私にとっては初めての現場勤務でした。それまで勤務した地方事務所や本省とは違い、自分が環境省の顔になって働けるという期待感と同時に、それまで国立関係の業務に携わることが少なかったため、近くに上司や同僚もいない環境で地元とうまくやっていけるのか一抹の不安も抱え赴任しました。
環境省の事務所は、斜里町ウトロと羅臼町の2か所にあり、私が勤務したウトロには正職員が2名、アクティブレンジャー(非常勤公務員でレンジャーの補佐役として主に野外の現場業務を担当する)が2名の合計4名体制でした。仕事は、環境省が法律を所管している国立公園や鳥獣保護区に関する日常的な許認可のほか、利用調整地区(自然公園法により利用人数等の制限をしている)である知床五湖関係の会議や、世界遺産関連などの各種会議への対応が大きなウェイトを占めていました。
赴任直後には、知床で長年自然保護を担ってきた知床財団の幹部の方と夕食する機会があり、「国立公園はどうあるべきか」など国立公園行政に関する議論で盛り上がりました。環境省職員の間では、このような自然保護の理想や原点に返るような議論はする機会は普段あまりなく、知床では、国立公園や環境省に対する熱い期待があることが感じられ身が引き締まる思いでした。
知床は流氷が流れ着く、北半球で最南端の場所だと言われています。流氷が運ぶ植物プランクトンから始まる食物連鎖により、豊かな海洋生態系を育んでいます。また、海と川を行き来するサケなどは、海から陸に栄養分を供給し、陸域の生態系を支えています。このような流氷がもたらす陸・川・海の生態系のつながりが、知床の自然の特徴です。このつながりが評価され、2005年には世界自然遺産に登録されています。
知床に赴任して1か月ほど経った頃、ヒグマの関係で話し合いがあると急ぎの招集がかかり、会議場所であった林野庁の知床森林生態系保全センターに向かいました。そこには、林野庁、北海道、斜里町、知床財団の職員が集まっており、0歳の子グマを連れた親グマが生ゴミを食べた事案が発覚したため、その親子グマの扱いについて議論・判断が必要なので招集されたということが分かりました。
ヒグマの管理については、「知床半島ヒグマ管理計画」により、ヒグマの行動段階とゾーニングごとに取るべき管理施策が細かくまとめられています。例えば、市街地に出没した場合は住民の安全を優先し基本的に捕獲する、一方、登山道に現れた場合は経過観察し必要最小限の介入におさえるなど、場所により段階的な対応をとることで、ヒグマの保護と人間の安全確保を目指しています。
今回の事案では、生ゴミを食べた親グマについては、今後人に危害を加える恐れがあるので、捕獲するということがすぐ合意されました。一方、子グマは採食が確認されていないことや、クマ牧場が子グマを受入可能だという情報もあり、意見が分かれました。飼育を容認する意見が多かったものの、環境省としては、飼育下で生涯過ごすことが野生動物にとって望ましいことなのか、類似の事案が発生した場合の中長期的な方向性も検討すべきでないかという慎重な立場でした。この日に議論は終わらず、その後合計4回に渡り、捕獲や飼育の是非について議論しましたが、全会一致の結論には至らず散会しました。
その後、親グマによる人に対する攻撃的な行動等は確認されなかったため、経過観察することになりました。秋には親子グマがウトロの市街地にも出没するようになり、やはり最終的に親グマを捕獲せざるを得ない状況になりました。捕獲の際には私とアクティブレンジャーも立ち合い、死んだクマを運ぶのを手伝いました。
この親子グマ以外にも、知床では人の存在を恐れず避けないヒグマが道路沿いや散策路で見られるケースが増えています。同時に、利用者が至近距離で写真を撮ったり、そのために車の渋滞が発生したり、生ゴミの残置など、人間側の適切でない行動も確認されています。このような状況のなか、ヒグマを野生に保つと同時に、住民の生活や観光客の安全を守ることが大きな課題となっています。
このような野生動物管理の課題は、日本に限ったことではありません。2019年の秋には、知床財団の方とカナダのバンフ国立公園に行く機会がありました。バンフ国立公園は、カナディアンロッキーに位置する1885年にカナダで最初に指定された国立公園で、氷河湖や野生動物などが有名です。クマ管理(グリズリー、ブラックベアの2種が生息)の取り組みや、1850年代以降に地域から姿を消していたバイソンを再導入するなど生態系保全の先進的な取り組みが進められています。
レンジャーに現地を案内してもらう機会もあり、キャンプ場には電気柵を設置し、クマやチーターからの被害防止をしていること、町にクマを誘引しないためベリーの実を職員が刈り取っているということなどの話を聞くことができました。また、国立公園を貫くハイウェイには、動物が安全に横断できる橋(オーバーパス)が設置されており、人工物である道路が動物の生息地を分断しない工夫がされています。野生動物が道路を「横断」するという考え方ではなく、動物の生息地のなかを人間が「横断」させてもらっているという動物目線で作られていると聞き、感銘を受けました。
さらに印象に残ったのが、野生動物との接し方について、近づきすぎない、食べ物を与えないといったルールが、看板やパンフレットなどで分かりやすく発信されていることでした。その中でも特に目を引かれたのがディスタンスカードでした。このカードには、2つの四角い穴があけられており、その穴から動物を覗いた時に枠内に収まっていれば、適正距離であるということが体感で分かるようになっています。その距離は、クマ、オオカミ、ピューマはバス10台分(100メートル)、シカやヒツジなどはバス3台分(50メートル)と、イメージしやすい表現が使われています。バンフでの取り組みは、クマ対策用のゴミ箱の設置、クマスプレーの貸し出しなど知床でも実施していることも多くありました。ただ、情報発信は外国人にとっても分かりやすく、また網羅的である印象を受けました。加えて、生態系全体に視野を向けた管理が行われていると感じられました。
野生動物管理では、動物に働きかける取り組み(生息地保護、モニタリング、追い払い、個体数調整など)と、人間に働きかける取り組み(マナー遵守、利用者の人数制限など)の2つのアプローチがあります。両輪で取り組む必要があるのですが、知床のような自然保護区域でありかつ観光地においては、特に利用者のマナーを高めて、人が動物に与えるインパクトを軽減することが重要です。
カナダから帰国後には、バンフのカードを参考に、知床版のディスタンスカードを作りました。知床のシンボルキャラクターである「知床トコさん」のデザイナーさんにお願いし「#ニンゲンもクマも距離感が大切」という素敵なキャッチフレーズのカードを作ることができました。動物との適正距離は、ヒグマが50メートル、エゾシカが30メートルと知床の状況に合うように微調整しています。2020年の早春、コロナウイルスが北海道で広がり、ソーシャルディスタンスという言葉をよく聞くようになった時期のことでした。
私自身は、カードが完成してすぐに本省に異動することになりましたが、知床ディスタンスキャンペーンとして、観光客に向け配布キャンペーンを開催するなど、現在に至るまで活用されているようです。また、2023年には、ヒグマへの接近、つきまとい、エサやりが、自然公園法により規制されるなど制度的な整備も進んでいます。
知床では、施設管理、世界遺産関係の会議など、様々な経験をすることができましたが、一番印象に残ったのがヒグマの管理でした。自分が未熟だったなと思うところも多く、また知床での経験をまだ消化しきれていないようにも感じます。
10年ほど働いたこの頃から、これまでの経験を振り返り、また公共政策や外国も含めた先進事例を勉強するなど、視野を広げたいと思う気持ちが強くなってきました。そのため、人事院の在外研修の公共政策関係のコースに申請したもののその時は合格とならず、コロナ緊急事態宣言が発表されるようになった2020年から、霞が関で勤務することになりました。
(次回に続く)
現在住んでいるカリフォルニア州では、アルミ缶、グラス、ペットボトルなどに入った飲料を購入するとき、州法に基づきCalifornia Redemption Value(CRV、カリフォルニア払戻額)が店頭での販売価格に含まれています。CRVは、24オンス(709ml)以下は5セント、24オンス以上は10セントと決まっています。集めたペットボトルなどは、消費者がリサイクルセンターに持っていくことで、CRVを返金してもらえます。ある時レシートを見ていると、CRVが加算されていることに気づき、それ以降、飲み終わったペットボトルや缶を、捨てずに貯めるようにしました(それまでは職場や宿舎のリサイクルボックスに入れていました)。わずかな金額ですが、歴史的な円安のなか少しでも返金されるのは貴重です。ただ、CRVのためリサイクルセンターに持ち込んでいるという話を周りでは聞かないので、どの程度制度が浸透しているのかは分かりません。
CRVのお金はどこから来ているのだろうと思い調べて見ると、飲料メーカーがリサイクルの基金として支払っていることが分かりました。加えて、飲料メーカーは、CRVの費用だけでなく、リサイクルビジネスに支払われるゴミ処理費用も出資する仕組みになっています。また、払戻しされなかったCRVもリサイクルビジネスに還元されます。このようにゴミ処理やリサイクル業者の経営も成り立つよう工夫したリサイクルプログラムがカリフォルニア州により作られています。現在、飲料容器のリサイクル率は70%となっています。これは、消費者がCRV払戻しのため持ち込んだものだけでなく、通常のゴミ回収による分も含まれる値です。州としては80%を目標にしているようです。
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