先日、愛知県の渥美半島に行ってまいりました。11月から5月くらいにかけて、渥美半島はキャベツ一色!写真のようにキャベツの絨毯がど?んと広がります。
キャベツはここ数年、年間消費量トップに躍り出て、このまま独走態勢を取ろうという程、最重要野菜。
ずっと消費トップだった大根は、夏に消費がなく煮物料理をする人も減った、などの理由でトップ陥落。そして炒めても煮ても漬けても、和・洋・中の料理、何でもイケるキャベツの消費が5年ほど前についに首位、そして独走態勢。
となるとキャベツは、年間供給が求められる運命。「010 猛暑のキズ跡」で夏の高原キャベツについてはちょっと書きましたが、当然、真冬もキャベツは必要とされます。
しかしキャベツは長?い期間かけて育ち、さらにあんな風に葉っぱが巻くためにはある程度、温暖な気温でないとダメ。したがって真冬や春先のキャベツは暖かい地域じゃないと作れない。
かと言って暖かけりゃいいだろうと九州とか南西諸島の方で作ったら、輸送費がかかって仕方ない。
そこで、東京だったり名古屋だったり、とにかく大都市の消費地に近くて暖かい地域、愛知県の渥美半島、千葉県の房総半島の銚子の方、そして、神奈川県の三浦半島、などの、「半島」が冬キャベツの産地なのであります。
半島だったらどこでもいいわけじゃないです。当たり前ですね。能登半島なんか冬は雪の中だし。
これらの半島は南に突き出てるうえに、暖流が近くを通ってる影響もあって暖かいんですね。
さて、この渥美半島の畑。行くとわかりますが、土がものすごい石コロと砂利だらけ。砂や砂利が堆積してできた半島なんですね。耕運機で耕すと刃が石に当たって、夕方になると火花が散って見えるほど。なので水はけが良すぎて暖かいからすぐ旱魃になる。しかし、目立った川も無い。
そこで大正時代に近藤寿一朗という政治家が巨大用水路を計画。大ボラ計画とも言われながら一度は頓挫しましたが、戦後やっと工事が始まって完成したのが豊川用水。そのおかげで畑が広がり、今のキャベツ大産地ができたワケです。
話変わりますが、今、工場で栽培する野菜などが話題になっています。ただ、植物工場は気候風土が野菜にとって悪条件、という場合の発想。ワタクシの私見では、日本では野菜工場ってムズカシイんじゃないかと思ってます。
農業は、用水路だったり田んぼだったり段々畑だったり、人間がその地の気候風土を最大限に活用するために自然に手を加えることで成り立ってきた産業ですよね。
気候風土が合って天気が良ければ、コストがあまりかからずにモリモリとできてしまうのが野菜なので、工場の方がかえって割高。四季があって南北に長い日本は、ほとんどの野菜の栽培に適した地域と時期が、年中どこかに存在している、すばらしい国なのでございます。
愛媛県のみかん産地、明浜の段々畑。太陽がよく当り、そして石垣で反射もしてさらにおいしいみかんができます。これも気候風土を最大に利用しようとしたわけですが、機械の無い時代にこんなの作ったんですからスゴイ。
ウシオダは仕事で全国各地に行きましたが、街はどこ行っても一緒なのに、農村だけは各地、全然違います。
これがけっこう楽しいんですね。渥美半島のキャベツひとつとっても、そこには色んな事が見えてくるワケです。キャベツが必要とされる背景、ここの何がキャベツ栽培に向いていて大産地になったか、巨大用水路の歴史…。前述の豊川用水はところどころ地中に潜ったりするんですが、それをしつこくたどって行きたくなって、日が暮れちゃいました。自分は用水路マニアか?と思ったほどです。
みなさん観光旅行に行かれたときはぜひ、その地の畑や漁港など、第一次産業の場所を見ることをオススメします。その地の人々が、そこの気候風土を最大に利用しようと手を加えて、生活してきた事がよくわかる場所なのであります。そして今や田舎にしかそれは無いのであり、その「観光」は食や文化、環境についてさらに深く考えるきっかけになるハズと思うのであります。
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