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「島と自然と生きる人びと」バックナンバー

0042017.05.09UPクロアシアホウドリが八丈島の未来を変える?!-八丈島 岩崎由美さん-

たちまち八丈島に魅せられ20年

 岩崎由美さんは八丈島在住のネイチャーガイド。またもう1つの顔は、町議会議員です。彼女が島に移住して20年が経ちます。きっかけは八丈ビジターセンターの解説員としての赴任でした。以前に伊豆大島で暮らした経験があるものの、黒潮まっただ中の島に暮らすのは初めてでしたが、岩崎さんはすぐに八丈島の魅力に惹きつけられました。
 「夜になると、細かな光の粒でできた天の川がサラサラと音を立てているように思えて驚いたのを今でも良く覚えています。朝になればどこかからアカコッコのヒリリリ……という声が聞こえてくるし、人は温かいし、『ああ、ここにいてよかった!』 と思う瞬間がたくさんあったんです」。

 2000年に独立し「Project WAVE」という屋号でネイチャーガイド業をスタート。八丈島の自然の案内人となりました。夕暮れにはお客さんを連れて南原千畳敷という海岸へ行き、沖にある八丈小島に沈む夕日を見せることもありました。八丈小島は八丈島の西約4.5キロに位置する無人島です。
 「八丈小島に沈む夕日の美しさ。これもまた『ここにいてよかった』と思う理由の一つです」。

八丈小島の自然回復とともに現れたクロアシアホウドリ

 その八丈小島に思いもよらぬ訪問者がやってきたのは2013年のこと。ニュースを聞いた岩崎さんの胸は沸き立ちました。訪問者とは、日本では限られた場所でしか出会えない大型の海鳥、クロアシアホウドリだったからです。
 2013年4月15日、たまたまテレビのロケハンチームを案内していた渡船の船長が発見したということで、岩崎さんにも連絡が来ました。本当だとしたらビッグニュースだと思った岩崎さんは翌日すぐに船長に渡船を頼み、確認を急ぎました。
 「いた!」
 海からの風に吹かれ、黒くつやつやした大型の鳥がたたずんでいる様子が遠望でき、岩崎さんは興奮しました。
 「クロアシアホウドリは北半球に生息するアホウドリ3種のうちの1つで、翼を広げると2mにもなる大きな海鳥です。陸上に上がるのは繁殖期だけ。その大事な場所に、彼らは八丈小島を選んだんです」。
 この年、クロアシアホウドリは総数30羽も飛来してきました。彼らがやってきた背景に1つの取り組みがあります。ノヤギの駆除です。八丈小島はもともとは人が住んでいたのですが、1969年(昭和44年)には全員が離村し、現在では無人島となっています。このとき家畜のヤギが島内に逃げ、無人化した島で繁殖した結果、一時は1000頭以上にまで増えたそうです。ヤギは植物を食い荒らし、土壌は裸地化しました。
 しかし、2002年から2007年にかけてヤギの駆除が行われ、その姿はほぼ消えました。食い尽くされた植物も回復し、島は本来の姿を取り戻しはじめました。すると間もなくクロアシアホウドリがやってきたのです。八丈島にはクロアシアホウドリを示す「クロブ」という島ことばがあります。ひょっとするともともと彼らはこのあたりで繁殖していたのかもしれません。


2017年2月撮影。このヒナはふ化後3週間ほど(撮影:森由香)

 日本でクロアシアホウドリが産卵しているのは八丈島から300キロほど南下した無人島の鳥島と、さらに南の小笠原諸島・聟島列島、そして尖閣諸島のみ。もしこの先繁殖することがあれば、八丈小島は世界最北の繁殖地になるのです。

東京からアクセス抜群の鳥の楽園に

 彼らはどこから来たのでしょうか。一番近い繁殖地、鳥島(とはいえ300キロ離れていますが)かと思いきや、2014年1月に来た個体には足輪がついていたので確認したところ、なんと足輪は600キロ以上離れた聟島列島で2009年5月に装着されたものだと分かりました。聟島からの個体は2017年にも来ています。驚くべきことですが、クロアシアホウドリにとっては600キロぐらい、ほんのちょっと足を伸ばした程度の距離なのかもしれません。
 2013年にはじめてクロアシアホウドリがいることを確認した船長とは、奇しくも八丈小島出身の奥山文則さんでした。今は無人の故郷に来たこの珍客を奥山さんもとても喜んでいるそうです。
 現場を見た鳥類学者の樋口広芳東大名誉教授は、「クロアシアホウドリが来ると、近縁種で特別天然記念物のアホウドリもやってくる可能性が高い」と発言。その言葉に岩崎さんたちはいっそう沸き立ちました。
 「アホウドリはクロアシアホウドリよりさらに大きく、翼を広げると2.13mもあるんです。航路ではたまに飛んでいるのを見かけるけれど、間近で見るチャンスはほとんどありません。八丈小島でクロアシとともにアホウドリも営巣してくれたら八丈島にまた一つ宝が増えることになります」。
 岩崎さんはこう声を弾ませます。

 岩崎さんはビジターセンターで解説員をしている時代から、「八丈島ではこれからエコツーリズムの比重を高くしていきたい」と考えていました。
 そのためには自然を荒らさないためのルール作りが必要不可欠です。よく問題になるのが大量の人が訪れることによる自然への過剰圧力ですが、八丈小島は無人島ですし、渡船を行っているのも非常に限られた船だけなので、上陸のコントロールはしやすい状況にあります。さらに鳥類を襲うイタチやネコなどの敵もいません。自然を守りながら観光するスタイルのエコツーリズムにはうってつけの場所と言えるのです。
 さらに、八丈小島の周囲では天然記念物・カンムリウミスズメをはじめ、オオミズナギドリ、ウミネコなどが見られ、「東京に一番近い海鳥の楽園」になる可能性も高いのです。


2017年4月には6羽の姿が(撮影:岩崎由美)


鳥獣保護員の森由香さんは誰よりも保護に力を注ぎ、自腹で監視カメラを購入したり詳細な日々の記録を取ったりと、クロアシアホウドリはじめ鳥類保護には欠かせない人材


この宝を八丈島の人びとの手で守り育てたい

 そして岩崎さんたちが願ったとおり、2017年、八丈小島は世界最北の繁殖地となりました! 8つがいが産卵、3つの卵がふ化し、2羽が順調に成長中(1羽は行方不明)なのです。そして、2017年11月には、八丈小島は東京都により鳥獣保護法の鳥獣保護区特別保護地区になる予定です。

 樋口東大名誉教授など専門家からのアドバイスをもとに、まずは100羽の飛来を目標にしたい。それまでの間、人の出入りは慎重にして、同時にガイドラインやルール作りを進めたいと岩崎さんはいいます。この宝を八丈島の人びとの手で守り育てたい。そして岩崎さんには同時にやり遂げたい夢があります。

 「八丈島の歴史をひもといていくと、かつては自然万物に神が宿るとする原始的な宗教があり、人は自然に寄り添って生きていました。災害は人の力で押さえつけるものではなく『起きないでください』と畏れつつ崇める対象で、厳しい自然を受け入れて共存していたことが伺えます。今一度、島の先人たちがどのような思想を持っていたかを見直し、学びたいのです。エコツーリズムにもその考えを活かしていきたい」。

 先日も、クロアシアホウドリの様子を見に八丈小島に上陸した岩崎さん。島内に咲いているマルバアキグミの甘い香りが風に漂う中、「ピィーピィー……」というクロアシアホウドリの声が響くのを聞いたとき、改めて思ったそうです。
 「ここにいてよかった!」。


前列右:岩崎由美さん、前列中央:樋口広芳東大名誉教授、前列左:鳥獣保護員の森由香さん。後列右:東京都八丈島支庁の加賀実さん、後列中央:八丈ビジターセンター高須英之さん、後列左:八丈ビジターセンター菊池健さん(撮影:高須英之)


※本文中に一部誤記があり、訂正いたしました。


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 みなさんに呼びかけ、募金を集め「クロアシアホウドリ」を守っていこうではありませんか。
(2017.05.09)

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