前回紹介した「隠れ家エコロッジ」のオーナー、ムニール・ニーマタラ博士が環境問題に関心を持ったのは、レイチェル・カーソンの「沈黙の春」【1】を読んだことがきっかけだったそうです。アメリカで環境衛生学を学んだのち、1981年にエジプト初の環境コンサルティング会社、EQI (Environmental Quality International)を設立しました。
「外部からの資金援助や善意に頼る組織は、独立性や持続性を保てない」
会社設立にあたってムニール博士は、組織をNGOなどの非営利にすることは考えませんでした。環境保全がビジネスチャンスになるという概念が、先進国でもまだ普及していない時代です。
当時カイロ市と共同で取り組んだスラム街の廃棄物リサイクル事業は、国際的にも高い評価を受け、1992年の地球サミット【2】で、新しいエコビジネスのひとつとして表彰されました。
EQIが長年、企業家に提唱してきた「持続可能なビジネスモデル」を、自ら実践しようと、1998年に直接投資を始めたのがシーワ・イニシアティヴです。以来十数年にわたり、環境や伝統文化の保全とビジネスを両立させるため、コミュニティと一体になった活動を展開してきました。その柱がエコツーリズム。
「オアシスとは昔から旅人を癒やし、もてなすところです。シーワで砂漠の環境や生態系について学びながら、地域の生活にも触れて欲しい」
そんな思いをこめ、郊外に自然一体型のエコロッジを建てた後、文化遺産内に泊まれるヘリテージ・ホテルや農村滞在型のシャーリー・ロッジもオープンしました。
リビア国境に近いシーワの住民は、エジプトでは少数派のアマジル人【3】です。町は砂漠に浮かぶ孤島のような立地のため、独自の文化と言語を守りながら生活してきました。保守的な女性たちの生活は、謎のベールにつつまれています。シーワ・イニシアティヴでは、外出もままならない女性たちの地位と収入向上を助けるため、伝統手工芸品の製作支援と販売を行っています。
また、有機農業の促進と食品加工販売、バイオエネルギー事業なども手がけてきました。農家の生産活動を支援するため、世界銀行などとのパートナーシップで、マイクロ・ファイナンス(小口融資)を提供しています。
EQIが取り組んだ最も新しい事業が、「シャーリー城塞」の修復です。ユネスコの世界遺産候補にもなっているシャーリーは、アマジル人が13世紀初めごろから外敵の侵入を避けるため、丘の上の狭い土地に住宅を積み上げてつくった城塞都市です。シャーリー建築には、2500年前頃から知られていた「カーシェフ」という、岩塩と粘土を混ぜた建材が使われています。ところがカーシェフは雨に弱く、1928年に3日間続いた異例の集中降雨で崩れ始めてしまいました。以来、住民から放棄され、城門近くのモスクの塔には大きなヒビが入り、崩落の危険があったのです。
カーシェフを復活させるため、EQIはシーワで唯一この技術を覚えているハムザ老人に依頼しました。隠居生活をしていたハムザ老人が棟梁となり、若い職人に技術を伝えながら、エコロッジ建設やシャーリー修復の指揮をとったのです。本来、カーシェフはオアシスの気候風土にあった建材で美観にも優れています。ハムザ老人の活躍をきっかけに、オアシスでカーシェフ建築がしだいに復活するようになりました。
2010年にはエジプト考古庁の許可を得て、自己資金を投じてモスクの修復を始め、2011年5月に落成式が行われたところです。
このように数々の成果をあげているシーワ・イニシアティヴですが、ムニール博士によると目的の半分しか達成されていないといいます。ビジネスとしては予想以上の成功。一方で、環境との共存は必ずしも満足のいくものではないとのこと。原因は人口増加と消費文化の流入、自然資源の濫用です。
人間活動がオアシスの生態系バランスを不可逆的に破壊してしまう前に、オアシス開発の将来のヴィジョンを描く必要がある。そのためには今まで以上に、地方政府、住民、企業、国際社会のパートナーシップが必要だと博士は訴えています。
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