エリザベートさんたちは毎週月曜日、市内に数店舗を持つチェーン店のスーパーで食品を20?30検体購入しました。一般の食卓を反映するこの“マーケットバスケット方式”について、「買い占め客のようで嫌でしたね」とエリザベートさんは笑います。
測定結果は、『放射線リスト』と題するチラシを通じて、ほぼ毎週リアルタイムで公開されました。低ベクレル食品の選択を可能にするため、メーカー名も購入店も実名で載せました。このチラシは、会員に対して郵送されたほかに、毎週水曜日に、ベルリン中心街にある動物園駅(ツォーローギッシャー・ガルテン)近くの、第二次世界大戦の爆撃によって破壊された戦災のシンボル「カイザー・ヴィルヘルム教会」で夕方配られました。また、市内の自然食品店や薬局、自転車店が1店ずつ、店頭に置いてくれました。
以下に2年弱で合計26回発行されたチラシから、高濃度のものを抜粋します。ベルリン市内の食品の汚染はほとんどが10ベクレル以下でしたが、たまに高い値が特定の食品から検出されました。
1986年 | |
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10月17日 | チョコレート 22 |
11月24日 | 【警告!】ミルクチョコレート 63、りんご(グラニースミス) 55、サクランボジャム 11、ヘーゼルナッツ 256,765、ブルーベリージャム 146、ミラノのサラミ 110 |
12月8日 | 黒海の紅茶 128?828、クリスマス食品(ノロジカ肉 235、鹿肉 95、牛肉 44、トルコ産乾燥イチジク 87、トルコ産ヘーゼルナッツ 649) |
1987年 | |
1月26日 | ベビーフード12品中 34,35,56,182の汚染。 |
2月2日 | パスタ 107 |
2月9日 | 牛乳 187?305、クリーム 211?293、ヘーゼルナッツ 211?293、バラの実 177 |
2月16日 | スパゲティ 44 他の測定所の数値を紹介:ヘーゼルナッツ 940、トルコの茶 6267、クリームケーキ 38、牛乳 25 |
2月23日 | ベビーフード 45 他の測定所の数値を紹介:ナッツチョコレート 32?114、フルーツヨーグルト 72,73 |
3月2日 | 牛乳 29、フランスのハーブティーで 53(メリッサ) ?4485(セージ) |
3月23日 | ヨーグルト 73、チーズ 132、スパゲティ 118、黒パン 32、モモ 47 |
3月30日 | カッテージチーズ 27、牛乳 26 |
4月28日 | 芝生 43 |
5月11日 | りんご 77、アイス 30 |
5月18日 | 発酵乳飲料 32 |
5月25日 | フルーツ牛乳 28、りんご 47、ウサギ肉 23、マクドナルドハンバーガー 27 |
6月1日 | キイチゴミルク 43、合いびき肉 26、去年の干し草(1986年6月) 751 |
6月15日 | 豚肉ステーキ 28、牛乳 46、リンゴジュース 35 |
7月22日 | 1986年産さくらんぼ 53 |
7月29日 | さくらんぼのデザート 22、ラズベリー 44 他の測定所の数値:ライ麦 40 |
『放射線リスト』には測定結果に加え、エリザベートさんたち母親がその都度必要だと思われる注意や警告、提案を行っています。クリスマス前にはお菓子の売り上げが伸びることから、ミルクチョコレートやプラリネ(焙煎したナッツ類をカラメル化した砂糖で覆った製菓原料)等の高い汚染に警告を出しました。市内の自然食品店のネットワークの定期的な自主測定の様子や、後にご紹介するベルリンのもう一つの測定所の値も随時紹介しています。翌年6月以降は、概ね落ち着いて来た生鮮食品に代わり、保存食品に汚染が見られるようになったことから、ベルリン近郊産の小麦粉の検体の募集を行いました。
また、エネルギーや原発を根本から考え直し、資源や環境を大事にするライフスタイルを提案し、イベントや勉強会の告知も行っています。
放射能汚染が落ち着きつつある中で、エリザベートさんたちは食の安全を総合的に監視する活動に移行します。1987年4月にはグループの体制も再編成し、名前も「自ら測る親たち協会」(Eltern selber messen e.V.)と変更、放射線濃度と化学物質(硝酸塩)の測定値をまとめて、2ヶ月に1回、小冊子『ザ・ルーペ』として発行し始めました。“汚染された食品は避けうるリスク”の副題に示される通り、自分と家族が汚染食品のリスクを総合的に管理・軽減できるようになることを目的としています。
はがき大のハンディな『ザ・ルーペ』には、主に保存・加工食品である缶詰、瓶詰、飲料、乾燥食品などの測定結果が、製造所固有番号と賞味期限と共に掲載されており、日々の買い物で活用されました。放射線濃度が10ベクレル/kg以下、硝酸塩が10mg/kg以下の商品には、識別しやすいようにりんごのマークがつけられました。これに対し、一部のメーカーから「風評被害だ」と苦情も来ましたが、消費者の権利としての測定を毅然と主張することで、じきに消えていったそうです。
チェルノブイリ事故の3年後には、淡水魚、野生の獣肉、野生のキノコを例外として、ドイツの生鮮食品の汚染は落ち着きました。他方、保存食品にはかなりの汚染が残り続けます。『ザ・ルーペ』の1988年のクリスマス特集には、クリスマスケーキやお菓子に29ベクレル/kg、ヘーゼルナッツチョコのプラリネに69ベクレル/kgの汚染が記録されています。栗やナッツ、ドライフルーツは放射性物質を取り込みやすい上に、保存が利き、また他の食品の加工によく使われるので、結果として、これらを原料とする食品の汚染が長く続きました。チョコレート製品の汚染が高かったのも原料にナッツなどが含まれるせいかもしれません。
季節ごとの消費者の嗜好を反映した測定は、市民測定所ならではと言えます。
この時期、行政の測定は当初と変わらず生鮮品に特化し、「汚染は検出されないほど低くなった」と安全宣言を出していました。
ベルリンの公的測定所でも市民の持ちこみによる測定は可能でしたし、また一月約2,500サンプルの測定結果の一覧は新聞(ベルリンの地方紙Der Tagesspiegel)で毎日公開され、統計的な把握としては可能でした。しかしこれらは出荷前のサンプル検査のために、流通品それ自体の値を示すものではありません。また『放射線リスト』や『ザ・ルーペ』を店頭に置いてくれるお店を例外として、一般の大手スーパーなど流通サイドは測定には積極的ではありませんでした。
『放射線リスト」そして『ザ・ルーペ』は、汚染の推移を的確に把握しながら、測定対象を変えていきました。そしてまさに「今日、どこで、何を買うべきか」という市民のニーズに応えるという位置づけで、商品名からメーカー名、販売店名まで公表することで、公的測定所との補完関係を築いていったのです。
翻訳協力:石村喜代
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