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「カナダ・イヌイットの暮らし」バックナンバー

0082011.03.08UP極北の海氷が融ける。そして……

氷が融けるのが早くなった

 「近年、身近な環境で何か変化はありますか?」
 この問いに、かならず返ってくる答えがあります。
 「氷が融けるのが年々早くなっている」
 古老にたずねればたずねるほど、具体的なエピソードとともに話してくれます。また、同様にこのような答えも返ってきます。
 「海が凍るのが遅い。いつまでも、いつまでも、うすっぺらい氷の膜がはっている」
 「年々、暖かくなっている気がする」
 世代を超えて多種多様な人に聞いても、このように答えます。はじめは「氷の融ける早さなんて、わかるのかな」とうがった見方をし、「地球温暖化の警笛を鳴らすテレビの影響かな?」とか「政府の強いプロモーションを受けて、そう答えるようにしているのかな?」などと思っていましたが、どうやらそうではないらしい。
 彼らの話を聞くと、実生活に影響をおよぼしていることがわかります。動物の行動変化による狩猟活動への影響、スノーモービルなどを利用した、村と村をつなぐ凍った海の上の交通網への影響などが挙げられます。また、近年さまざまな調査により、科学的データに基づいた「極北の海氷の減少」が立証されていることはまぎれもない事実です。

夏のホエール・コーブの港
夏のホエール・コーブの港

厳冬期のホエール・コーブの港
厳冬期のホエール・コーブの港

彷徨うホッキョクグマ、群れないカリブー、やってこないベルーガ

村近くを彷徨うホッキョクグマ
村近くを彷徨うホッキョクグマ

 「海氷が減少する」ことはどのような意味を持つのでしょうか。
 まず、動物たちの行動変化をよく聞きます。夏から秋にかけて、海水の温度低下とあわせて北上するベルーガ(シロイルカ)の群れ。各年の気温差により多少の違いはあったものの、昔はほぼ一定時期に群れを確認し、狩猟することができました。ところが、ハドソン湾沿岸の村でここ10年ほど、8月中旬から8月末、8月末から9月初旬へとずれこんでいるといいます。ホッキョクイワナもしかり、漁労時期が微妙にずれているようです。
 海が分厚い氷に閉ざされた厳冬期、北極圏に散らばる名もない島々をカリブーたちは群れで移動します。昔は村の近郊で見かけることができた、カリブーの大群。それが近年では、現れる場所が毎年変わっているどころか、群れていない個体をポツポツと見かけるだけになったそうです。
 海氷の減少が直接関係しているかどうかはわかりませんが、気候変動の微妙な変化が、彼らの行動を変えているのかもしれません。

 また、年間を通して、村にやってくるホッキョクグマが増えています。個体数が増えているのではなく、人間と居住空間をわけあっていたホッキョクグマが村近郊までやって来ざる得ない。それはエサを求めてです。カリブー同様、海氷の減少により行動範囲に変化をおよぼし、エサをうまく獲れないということが理由に挙げられるのではないでしょうか。アザラシ、セイウチ、シロイルカなどの行動変化が、ホッキョクグマの行動範囲を変えている、ともいえるかもしれません。
 筆者も、ホッキョクグマが村までエサを求めて彷徨う姿を何度も目撃しています。カナダの極北の各村では、ホッキョクグマの年間捕獲頭数が制限されています。ただし、村近郊に現れ人間に被害をおよぼす危険性が見られた場合は別です。うまく追い払うことができればいいですが、向かってきた場合、やむなく射殺しなければいけないケースも多々あります。

極北の民が口をそろえて言うこと

 これらの例はカナダ極北地帯のどの村にもあてはまり、みんな声を同じくしています。カナダに限らず、極北地帯に住んでいる人たちはみな同じ経験【1】をしているのではないでしょうか。
 自然の生態系が変化し、動植物に変化をおよぼし、人間界にも変化が起こる。彼らの「リアル」は私たちの「想像」よりも、はるかに深刻かもしれません。極北の動物たちは声にもならない悲痛な叫び声を挙げています。動物たちの声が聞こえなくなったとき、それは……。

脚注

【1】極北地帯に住んでいる人たちはみな同じ経験
WWFジャパンの「目撃者の証言:極北の動物たちの行動が変わる|地球温暖化の目撃者」で紹介されている、ロシア最北端に位置するチュコト海沿岸の村人の例も同様です。

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