井上醸造では5年程前まで、主に東北(青森、秋田)の大豆を使って味噌を造っていました。東北は大豆の産地で、畑が広く品質にバラツキがなかったからです。それをすべて長野県産大豆に替えたのは、信濃町の若き大豆生産者・農事組合法人落影(おちかげ)生産組合、組合長の斉藤寛紀さんに出会ったからです。
連作障害の起こりやすい大豆は、同じ畑に何年も続けて栽培することができません。信濃町でも多くの生産者が、水稲、大豆、また特産のトウモロコシや蕎麦を転作しながら生産しているそうです。
それまでは、毎年2月に問屋さんが持ってくる各産地の情報と新穀大豆【1】のサンプルで、出来具合と相場を見ながらその年に使う大豆を買い付けていたので、正直生産者のご苦労までは気が回りませんでした。今では僕たちも6月の播種(種まき)と11月の収穫にはお邪魔して、ほんの少しだけ手伝わせてもらっています。そうやって収穫された大豆を手に取ると「大切につかわなきゃ」という気持ちが自然と湧いてくるものです。どんな農作物も、天候不順や雑草、害虫との戦いなど、農家の方のご苦労の末、私たちの元に届けられているのです。
何より、毎年大粒の1等大豆(検査規格)をきちんと納めてくれる斉藤さんには、本当に感謝です。
よく「どうせ潰すんだから等級までこだわらなくてもいいんじゃないの?」と言う人がいます。ですが、豆腐や醤油のように搾ってつくるものと違い、味噌は大豆がそのまま製品になるので、病害粒や虫害粒【2】が入ると味噌のできばえに影響してしまうのです。また、圧力釜を使わず甑(こしき)【3】でゆっくりと蒸し上げるうちの方法では、ひねと呼ばれる古い大豆ではふっくらと蒸しあがりません。
国産大豆にこだわるのは、油を搾るために栽培される海外のものより味噌や豆腐をつくるために日本で昔から栽培されてきた大豆の方が、タンパク質が多くて脂質が少なく、僕のつくる味噌に合っているからです。
そのかわり、輸入物より割高で、当然それはできあがった商品の価格にも反映されます。
同じ商品でも「何でこんなに高いの?」という人から「国産原料を使っているのにこんなに安いんですか?」という人もいらっしゃいます。もちろん、それぞれの価値観の違いなのでしょうが、不思議なものです。
井上醸造のページでは、原料のほか造り方についても詳しく説明しています。それは、どんな味噌かわかったうえで選んでいただきたいからです。井上醸造の味噌が高いか安いか、それを決めるのはお客様なのです。
大変なご苦労をされている生産者にとって、昨年は放射能汚染という想像もしていなかったことが起こってしまいました。長野県ではサンプリング検査により大豆の安全宣言を出しています。とはいうものの、「それだけで良いのか?」という複雑な胸の内もありました。それを斉藤さんに打ち明けたところ、快く検査を承諾していただきました。結果は「放射能物質・不検出」でした。
検査前に、斉藤さんから届いたメールの一部です。
「検査に関しましては、やっていただいた方が安心できるかと思います。
消費者の方々の安心・安全が第一だと思いますので、気になさらず検査の方を行ってください。まだ作業の方も残っていまして、雪の降る前に土作りだけはやらなくてはならないので、なかなか伺うことができないのですが、落ち着き次第伺いたいと思っております。(2011.11.12)」
この冬、信濃町は例年にない豪雪となりました。
雪融けには、もうしばらくかかりそうです。
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