10月5日、今年最後となる味噌の仕込みを無事終えました。春先から秋口までの約6カ月が、僕のつくる味噌の仕込み期間です。
前回、“発酵=微生物の活動”という話をしましたが、今回は味噌の発酵プロセス【1】について、簡単に説明したいと思います。
まずは、蒸してつぶした大豆に麹【2】と塩、種水を混ぜ合わせ、桶に詰めます。これを“仕込み”と言い、ここから発酵がスタートします。
基本的に、微生物は塩が嫌いです。味噌には塩分があるので、塩に耐えられない菌は徐々に消えていきます。味噌の発酵の主役は、麹菌・乳酸菌・そして酵母です。最初に動き出すのは麹菌が作り出す酵素たち。働きものの酵素は、大豆のタンパク質や米のデンプンを分解して、ブドウ糖、ペプチド、アミノ酸に変えていきます。アミノ酸は味の中心となる“旨味”で、ブドウ糖は“甘味”とともに乳酸菌や酵母のエサ(栄養源)となります。
次に登場するのが乳酸菌。大好物のブドウ糖をエサにどんどん増殖し、乳酸をつくり出します。この乳酸により、自然とpH【3】が下がり、酵母にとって生育しやすい環境となるのです。
やっと出番が回って来た酵母は、微生物の中で最も長い間はたらき、ブドウ糖やアミノ酸をアルコールや有機酸【4】に変えながら、ゆっくりと味噌特有の風味を醸していきます。
ここで、発酵に大きく関わってくるのが温度です。もし、味噌を信州の長くて寒い冬に仕込むとどうなるでしょう。低温のため麹の酵素はほとんど作用せず、麹は言わば「塩に漬かった状態」で春まで過ごすことになります。その間、酵素はしだいに失活してしまい、春になり気温が上がっても、タンパク質やデンプンが十分に分解されず、酵母の活躍する環境が整いません。ですから、冬の間(11月?2月)、味噌の仕込みはしないのです。
このように自然の気候に沿った熟成方法を“天然醸造”と言い、原料の配合等によっても異なりますが、仕込んでから出荷できるようになるまで、早いものでも半年、長いものでは1年以上と、ひと夏を越さなければ熟成されません。
よく「寒仕込みはしないのですか?」とのご質問をいただくのですが、天然醸造では、寒仕込み味噌はおいしく仕上がらないということが、これでおわかりいただけると思います。
“天然醸造”に対し、仕込んだ味噌を一定の温度と湿度の保たれた暖かい部屋に入れて発酵を促進させる熟成方法を“加温醸造”と呼びます。人工的に温度管理をすることで、季節に関係なく、一年中、しかも短期間で味噌を生産することができるため、現在ではこの加温醸造が主流となっています。
戦後、味噌屋は微生物を研究し、発酵をコントロールできるようになりました。その結果、品質の安定した味噌を速く大量につくれるようになったのですが、代わりに大切な個性を失ってきたのではないかと、僕は思うのです。
自然界で一定の温度が続く状態というのは、極めて不自然なことです。暑い寒いがあってさまざまな微生物が働くことにより、自然界のバランスは保たれています。それは、醸造の世界も同じです。温度管理された部屋で、特定の微生物だけが活躍するのではなく、日本の四季の中でゆっくりと寝かせることにより、多種多様な微生物たちが働き、より複雑で深みのある味噌を醸してくれるのです。
今年最後に仕込んだ味噌が蔵出しを迎えるのは、来年の秋以降。その時まで、桶の中では、数えきれないほどたくさんの微生物が、生命の営みのバトンを繋ぎながら味噌の熟成を進めています。
Copyright (C) 2009 ECO NAVI -EIC NET ECO LIFE-. All rights reserved.