味噌のルーツは諸説あるのですが、およそ1400年前に大陸からその原型が伝わったと言われています。もともとは穀物の塩漬けのようなモノだったのが、この国の気候・風土の中で変化し、数々の偶然と日本人の知恵と技術によって進化・洗練され、現在の味噌になりました。
皆さんご存知のとおり、味噌は発酵食品です。「発酵ってなに?」と聞かれたら、強いて言えば「微生物が生きていくための活動」と答えます。つまり、微生物が何かを食べたり排泄物を出したりしていること、が発酵につながっているのです。
顕微鏡の発明によって微生物の存在が明らかになるまで、発酵は「神の思し召しによる自然現象」と思われていたとか…。それだけ神秘的なことだったのでしょう。
ところで、皆さんは“発酵”と“腐敗”の違いって知っていますか?
じつは微生物にとっては、どちらも代謝活動をしているという意味では同じこと。それを人間の都合で、食べられるもの(有益)を“発酵”、食べられないもの(有害)を“腐敗”と呼んで区別しているんです。つまり人間の勝手。そして、そんな勝手な人間の一人である僕も、目には見えないモノ“微生物”の力を借りて、味噌をつくっています。
簡単に言ってしまえば、味噌職人の仕事は「微生物たちがいかに気持ちよく活動できるか」、その環境を考え、整えてあげることでしょうか。
話は変わりますが、醸造場の敷地に一本のケヤキがあります。先祖代々、大切にしてきた樹齢400年程の古木です。
ケヤキの名は「際立って目立つ」「美しい」といった意味の“けやけし”が由来と言われています。美しい樹冠【1】を持ち、春の芽吹きから冬枯れの木立の凛とした姿まで四季を通じて変化に富む、日本人に馴染みのある落葉高木です。
枝葉を伸ばし、それを支えるためしっかりと張り出した根で、長年寄り添ってきた築160年の母屋も傾くほど。家人が植えたものか、はたまた自生していたのか…今となっては知る由もありません。ただ、「昔の人はケヤキが地下水豊富な、日当たりの良い場所で良く育つことを知っていた」とも言いますから、案外ケヤキのあるこの土地が気に入って暮らし始めたのかもしれませんね。
敷地の端にあるため枝の一部は道にかかっており、夏の暑い日など、道を通る人たちに木陰をつくってくれています。しかし、心配事も多いのです。10年ほど前から樹木医さんに診てもらい、枯れ枝(危険枝)や宿り木などを除去しているものの、台風の時など枝が落ちはしないかと、おちおち寝てもいられません。樹木医さん曰く「ケヤキも人間と同じように、垢の代わりに樹皮を脱ぎ、いらなくなった枝は自分で落として行くんですよ」というのですから、仕方がありません。樹勢【2】を保つためには根の生育環境が大切なことも教えていただき、現在は根周りの改善にも取り組んでいます。
1本の大きな木をミニマムフォレスト(小さな森)と呼ぶそうです。その名の通りたった1本の木ですが、小さいけれど多くの命を育む生態系を成しています。
醸造場もまたしかり。発酵という微生物たちの命の営みの場所と言えるでしょう。
ケヤキを守ることも、そこに集う小さないのちと関わることも、すべては僕の味噌づくりに繋がっているのです。
尊敬する大先輩の味噌職人に「味噌づくりとは、突き詰めると最後は造り手の感性なんだ」と常々言われてきました。いくら技術を磨いても、研究を重ねても、数値や理屈だけではどうにもならない“何か”がその先にはあるのです。ものづくりとは、みなそうしたものなのではないでしょうか。
自然の力を借りながら、自らの感性を磨きながらの僕の味噌づくりについて、次回から少しずつ紹介していきたいと思います。
Copyright (C) 2009 ECO NAVI -EIC NET ECO LIFE-. All rights reserved.