熊が自由に闊歩するような、自然豊かな森を味わいつくすには、狭くても、しっかりした「森の家」が必要です。
私の体験では、日本の森には十季節(冬、初春、春、初夏、梅雨、夏、初秋、秋、晩秋、初冬)があって、その都度、大きく模様替えしますから、何年も同じ森へ通わなくては、その森と親しくなったとはいえません。少しだけ居心地の良い滞在のための施設ができると、森に棲む準備が整います。
その森特有の樹々の花や果実を調べ、新緑と紅葉を楽しみ、山菜やキノコを味わい、野草の花に群がる蝶や渓流に沿って行き来するトンボの姿をカメラにおさめ、何種類の鳥の鳴き声から珍しい鳥を確認し、シカやカモシカやイノシシなどの大型の動物に対面するには、根気よく、森とお付き合いしつづけなくてはなりません。
ほどよく宿泊施設や設備や道具が整った森の家は、森に親しみ、森を整備し、森から学び、森の価値を発見し、森を蘇らせる、格好の前進基地です。
私が森の家をプランニングするときは、樹の幹のカタチに合わせて、できるだけ円形になるようにします。
みなさんは、樹木の幹が円形なのは、何故だと思いますか?
円は、一番目には樹の成長に相応しいカタチなのですが、それだけではなく、風が樹々の間をスムースに流れ、陽の光が森のあらゆるところに届かせるために選ばれたデザインなのです。
ですから、私は、四角ばった森の家は設計しません。
私が今まで、山形県、埼玉県、岩手県の森で建てた家は、どれも6帖以下の小さな建物ですが、14角形、12角形、8角形、7角形、6角形、5角形のカタチで建てています。それらの建物は、どれも広葉樹の森の風景に違和感なく溶け込んでいるように、私は思っています。
もう一つ、森の家の設計でこだわっていることがあります。
原生林に近い森の多くは、山の中にありますので、敷地は、多くの場合急な傾斜地になっています。そのとき土地を造成して平坦にすることはしません。
京都の清水寺や鳥取県の投入れ堂と同じように、床下の柱脚部分を長くする「懸崖(ケンガイ)づくり」の手法を使うと、やはり、自然の景色に良く馴染みます。
私が好んで行く自然林は、キャンプ場や別荘地と違って、上下水道や電気などのライフラインがないところばかりです。従って、森に棲むための準備として、宿泊施設だけでなく、バイオトイレや雨水循環ろ過装置に、ソーラー発電設備や薪ストーブなども、ぜひ、用意しましょう。
山形県上山市の自然林の中に建てた森の家の大家さんは、ツキノワグマです。
この森に10年以上通っていて、そのときまでは、ケモノ道につけられた熊の足跡などを確認するだけでしたが、あるとき思わぬカタチで、大家さんの挨拶を受けることになりました。
しばらく行けなくて、2年ぶりくらいに森の小屋に行ったときに、デッキに面した壁に、黒い大きな染みがついているのを目にしました。最初は何の痕なのか分かりませんでした。けれど、柱につけられた鋭い爪痕も合わせて推理すると、熊が、軒下にできた蜂の巣を叩き落とそうと、柱をよじのぼった時の傷痕に違いない、という結論になりました。
その森は豪雪地帯でしたので、太い丸太柱を使っていたので、熊の体重にダメージを受けることはありませんでした。
しかしそのときから、森に家を建てるときは、地震や台風対策と雪荷重や室内の積載荷重だけでなく、「熊荷重」も考慮して、柱の太さや梁の大きさを決めなくてはいけない、と深く肝に銘じるようになりました。
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