以前、ある進行を担当したワークショップで30代の女性から言われたことが、私の頭からずっと離れずにいます。それは「私は子どもを産まないほうが良いのでしょうか」という言葉でした。この女性からの問いはそれ以来、いつも私の心にあります。この問いに答えられるかどうかは分かりませんが、私が考えるきっかけとなったいくつかのことを記します。
女性から言葉をかけられたのは、不確実な未来を生きるため、社会状況を考え、そこからリスクと機会を見つけ、行動を考えるというワークショップの時でした。
「不確実な未来」において、私たちの行動をどうするかは、世界的な人口増加や高齢化、AIの躍進、SDGsやESGが推進される世の中かどうかなど、私たちがおかれている立場や場所によって検討課題は変わり、また立場や場所を置き換えることで検討を深めることもできます。そうして、あり得る未来に対しての検討を通して、不確実なことが起こったときのしなやかさ(レジリエンス)を身につけること、思考のトレーニングを行うことが目的のワークショップでした。
不確実な未来の中でも、科学の知見から見通せる環境や社会の状況はあります。例えば、気温が上昇していくであろう気候危機時代や、数少ない若い世代が親世代を支えなくてはならない少子高齢化社会(日本)などが挙げられます。
以下の図(IPCC第6次評価報告書のSPM 図SPM.1c)では「現在および将来世代が、より暑い、異なる世界を経験する度合いは、現在の及び短期的な選択に依拠する。」としています。つまり、この図で示していることは、後で産まれてくる人たちのほうが、今を生きる私たちより、暑い地球で暮らすことになる、ということです。
ここ数年だれもが経験している、猛暑、高齢化社会における将来世代の金銭的負担の増加、自分たちがおかれている生活状況に子育ての不安や将来世代の負担などを思うと、真剣に考えるほど「私は子どもを産まないほうが良いのでしょうか」という言葉が女性から出てくることは想像に難くありません。
NPO法人気候ネットワークで発行している冊子『気候アクションガイド』【注2】があります。この中で「気候アクションのための5つのアティチュード」を挙げ、その一つに「自分自身をケアする」という項目があります。気候危機を考えるとき、やらなくてはいけないようなこと、やったほうがいいだろうなということはたくさんあって、時には今の自分の手に余るようなことや、立場上むずかしいな、ということがあるかもしれません。いくらがんばっても成果が見えないことでつらくなってしまうかもしれません。
そんな時「健康やワークライフバランスについて考え、活動以外の趣味やスポーツに時間をとることも大切です」、という冊子の言葉に共感します。一人で抱え込まずに、仲間や共通項のある人と話をしてみることで見えてくるものがあります。いつも走っていなくていい。散歩程度の歩みでもいい。心のどこかに「あきらめていないよ」というお部屋を作って、今は自分や家族を大切にする時間を過ごすことも、大切な持続可能な態度だと思います。
フランスに住む16歳のベラとヴィプランは、気候や生物多様性に危機感を抱きストライキやデモなど熱心に活動しています。なぜ、現状が改善しないのか、大人たちへの思い、将来の不安を抱えている二人は、映画監督のシリル・ディオンに後押しされ、世界中の状況を見に行く旅に出ます。
パリの研究者から人間と動物の関係について学び、インドの海岸でプラスチック汚染を改善する活動に参加、フランスの大きな産業である畜産業の実態とそこで働く人の考えや現状を知り、ケニアの大草原を体感し、コスタリカで自然再生を学ぶ…。映画を見ることで、私はこの二人の体験をおすそ分けしてもらったように感じました。気づかされたのは、
・一面的なものの見方しかできていないことは誰にでもある。
・さまざまな立場でそれぞれの「正しい」がある。
・あることがらによって目の前以外の土地や人、生き物に影響が及ぶ。
・つながりがあるから被害が広がることもあるけど、一方つながりの中に光がある。
・行き詰ったと感じた時に、そこで個人が怒り苦しみぬくことが必ずしも解決策とならない。
・自分の体験や学びが物事を考える土台をつくる。
…湧き上がる気持ちを大切にしたくなる映画でした。
「シマエナガ」に会えるかも? 淡い期待を胸に家族で出かけた6月の北海道旅行のときのことです。函館から車を走らせ一時間ほどで行くことができる大自然、昭和33年に北海道で初めて国定公園に指定された大沼国定公園へ。北海道駒ケ岳のふもとに広がる大沼、小沼、じゅんさい沼のうち、小沼を案内してもらえるガイドツアーに参加しました。大沼国際交流プラザを起点に1時間半で野鳥や在来の植物を楽しめます。
大沼の自然に惚れ込み移住したというガイドの飯田さんにご案内いただき、ブナの木の根元のふっかふか~の感触におどろき、4センチほどの細い体のエゾイトトンボの可憐な姿は目を細めて探し、カルガモの子育てや、カンムリカイツブリの求愛を望遠鏡で見つけ、季節の花や、クマゲラが虫を食べた木の穴など…たくさんの発見をしながら散策しました。
その中で、私が気になったのが、飯田さんに教えてもらった「虫こぶ」でした。虫こぶは、昆虫やダニなどの寄生や刺激によって、植物に異常成長や形の変形が見られるものだそうです。なんとも不思議な心ひかれる色と形。あとで調べたことによると、いろいろな種類の虫がいろいろな植物につくる形や色があって、虫と植物は共生関係にあり、日本で発見されている虫こぶは約1,400種もあるとか(参考:皿倉山ビジターセンターHP 第32話「虫こぶ(虫えい)はどうしてできるのですか」【注4】など)。想像すらしていなかったこと、地球で生きている生き物のなんと多様なことか。
改めて考えます。
私が気づいたことは、産む産まないの是非というより、女性がなぜ、この問いを持ったのかを私たちが考えることの大切さです。人間が起こした急激な気温上昇による気候災害に対して、確かなことは今、この危機に対応できるのは人間であるということ。地球上のすべてはつながっていて、見えていないことが知らないことがあるから、知る努力をすること。一人一人の立場によって視点が違うから意見や物の見方の違いを活かして、よくしていく努力をあきらめないこと。女性がそんな言葉を発しなくてよい社会とはどんな社会かを考えること。未来への可能性を全身で表現する生まれたての命をつなげていくこと。その子どもたちの未来を奪わないこと。何かを変えたいという、その自分の思いを大切にして学び、書いたり発信したり話したりのアウトプットをして、仲間を作り、相談して行動すること。そのようなことが、冒頭の問いの答えに近づく一歩、一案なのではないか…私はこのようなことに考えを巡らせました。
冒頭の問いに、あなたはなんと答えますか。
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