カナダ極北地方の夏は短い。極北の海は1年のほとんどが氷に閉ざされています。透明な水が顔をだすわずかな期間、極北の海には多様な生き物がつどい、にぎわいます。
カナダ・ヌナブト準州ホエール・コーブ村。人口およそ300人。2006年夏、幼少期から数えて7度目の極北訪問。イヌイットの家庭にホーム・ステイし、彼らの漁撈(ぎょろう)に参加しました。
7月末から9月初頭にかけて、村周辺の海にはベルーガ(シロイルカ)、アザラシなどが周遊し、近くの川には北極イワナが集まります。天気がよく、波が穏やかな日にイヌイットは小型モーターが付いたボートを海に走らせます。この時期、太陽は夜の10時ごろまで沈みません。太陽が沈むころ、反対側の地平から月がひょっこりと顔をだす。太陽と月の光を浴びながら、獲物を追って朝から晩までボートを頻繁に走らせます。
静寂の海のなか、彼らは波ひとつたたない水面を凝視します。透き通った水のなかでは茶色い藻が気持ちよさそうに泳いでいる。水面にかすかな波紋が広がり、小さな岩のようなものがひょっこりと頭をだす。アザラシです。アザラシを仕留めるのは、銃の腕前がとても重要になります。素早く警戒心が強いアザラシ。息継ぎで頭をだしているときに的確に狙う必要があります。銃弾が命中すると、ボートを近くに走らせ、銛を突き刺す。深いところで見かけることが多いアザラシに対して、浅瀬を好んで泳ぐのがベルーガです。浅瀬を白い身体が優雅に横切る。透き通った水を何頭ものベルーガの大群が泳いでいる姿はなかなか壮観です。ベルーガもアザラシと同じように銃弾を撃ちこみ、銛を突き刺す。銃弾が急所を突かないとベルーガを息絶えさせるのはなかなか難しいです。双方とも仕留めると、岸辺にボートを止め、解体します。解体しながら、肉片をつまむ。これが漁撈の至福のときです。北極イワナを大量に捕獲する場合、川に定置網をセットします。ぼくをよく漁に連れて行ってくれた30代の男性は川の水を手に取り、飲んだあと、こう言いました。
「きれいな水に命は宿る。私たちはそのことに感謝しなければならない」
イヌイットはカナダの少数・先住民族です。狩猟採集民であり、農作物が育たないツンドラ地帯で、移動を繰り返しながら、狩猟、漁撈、採集で生活をしてきました。1960年代の政府の定住化政策により、移動生活から定住生活へ。貨幣経済の浸透とともに、彼らの生活スタイルは変化を余儀なくされました。狩猟と漁撈のあり方も変わり、都市部などでは狩猟、漁撈をまったくおこなわない人たちもいます。
「きれいな水に生命は宿る」
彼らの狩猟、漁撈に対するスタンスは変わったかもしれませんが、この言葉は今も昔も変わらぬ彼らの気持ちだと思います。きれいな水に多様な生命が宿り、その生命を糧として日々生活しています。
厳しい自然との隣り合わせの生活だからこそ、イヌイットは自然の変化を体感することができます。「きれいな水がいつまでも、いつまでも、続きますように」。そう思い、自然の恵みに感謝しながら、彼らは今日も海に向かいます。
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