イヌイットは厳しい自然にかこまれて独自の文化、世界観を築いてきました。ツンドラ地帯のため農耕文化はなく、狩猟、漁撈、採集が彼らの生活基盤を支える必要不可欠な行為でした。主食であったカリブー、アザラシなどは食料になるだけでなく、衣服としても有効活用され、アザラシの脂は燃料としても使用されました。採集も短い夏を中心に、ベリー類、貝類などの食料を得るために必要でした。
いまだに狩猟採集民族というイメージがつきまといますが、近年彼らの狩猟、漁撈活動はさまざまな要因で変化をよぎなくされてきています。【参考】
本コラム第一回の「きれいな水に生命は宿る」に登場したホエール・コーブ村の住人を例に、イヌイットの狩猟活動の現代風景を見てみましょう。
マクパは20歳代の若者。定職にはつかず、国からの福祉金と両親の援助で生活しています。夏のあいだは父と叔父の狩猟のサポートをし、頼まれれば漁撈の手伝いをすることもあります。
父親のダニエルは週5日、朝8時から夕方5時まで町役場が所有するガレージでエンジニアとして働いています。狩猟はおもに天候のいい土、日、または、仕事後に行われます。小型ボート、スノーモービル、銃など狩猟に必要な道具を所有しており、ガソリン、銃弾などの消耗品は生協で購入します。夏期はカリブー、アザラシ、ベルーガ(シロイルカ)、鳥類などを狩猟対象とし、肉は食料にしたり、近い親族と分け合ったりします。ただしアザラシは毛皮だけ剥ぎ、また、ベルーガも皮部分だけを食料とし、内部の肉は放置することが多々あります。これについては、海獣の肉部分に汚染物質が蓄積されているという報告もあり、好んで食べていないのかもしれません。
マクパの叔父にあたるジェラルドはアルバイトでラジオのパーソナリティを務めています。現金収入はおもに妻によるものです。所有しているのは銃だけで、狩猟は誰かのボートに「相乗り」して行うことが多いです。
親族のうち、漁師をしているのはジョージ。漁師になるにはライセンスが必要です。大量の氷を積載できるボート、大型ネットと漁場を持っていて、加工場から現金収入を得られるホッキョクイワナを獲っています。漁期はおおむね7月から9月中旬。ホッキョクイワナ以外は加工場で買い取ってもらえないので、捕獲しても川に投げ入れます。漁が行えない冬だけヘルス・センターで働き、現金収入を得ます。前はほかの狩猟も行っていましたが、漁師を始めてからは頻度が減り、親しい親族から分けてもらっています。
狩猟を行わない人もいます。専門学校に行くため、ホエール・コープから大きな町に引っ越していったジョディーはホエール・コーブの親しい親族からカリブーの肉などを空輸で送ってもらっています。私が狩猟の様子の写真を見せると、「狩猟に行きたい。仕事をしながら、狩猟もやりたい」と何度も言ったのが忘れられません。
上記に挙げたのは、イヌイットの生活の一部の例に過ぎません。村によっても違いますし、それぞれの人によっても違うことはいうまでもありません。
スーパーの事務員、建築現場の作業員、アーティスト、先生……狩猟、漁撈の代わりに新たな生業(なりわい)が生まれてきました。現在では狩猟、漁撈はレクリエーションであり、エスニック・アイデンティティを確認するためのものです。ただ、狩猟、漁撈がいまだに彼らの生活の一部となっており、微少ながらも現金収入を得ており、生活の糧になっているのも事実です。
犬ぞり、カヤックからスノーモービル、ボートへ。弓矢から銃器へ。文明は狩猟を容易にし、狩猟は「生きる」ためだけのものではなくなりましたが、彼らが命を懸け、厳しい自然環境に立ち向かっていることは今も昔もかわりません。
Copyright (C) 2009 ECO NAVI -EIC NET ECO LIFE-. All rights reserved.