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「ドイツ市民の食と暮らしの安全づくり」バックナンバー

0022012.10.09UP汚染に対する州政府対応の違い

汚染のタイミングと情報公開の遅れ

  4月26日の原発事故によって1,500km以上離れたドイツに放射性物質が到達したのは、4月30日から5月2日にかけてでした。通常1m3あたり1~3ベクレルだった空気ダストの汚染濃度が、ミュンヘンで90ベクレル(5月1日)、シュトゥットガルトで72ベクレル(5月1日)、フライブルクで65ベクレル(5月2日)を記録したのです。しかし、このような最高値を記録したまさにその時に、西ドイツ政府は「ドイツには危機はない」として警報解除を行ったのでした。
 結局、連邦内務相がデータを発表したのは5月11日。それによると、バイエルン州のほぼ全域と、バーデン・ヴュルテンベルク州南部を含む「ドイツ南部」の汚染がとりわけ顕著でした。

ドイツ南部 ドイツ西部 ドイツ北部
ヨウ素131 セシウム137 ヨウ素131 セシウム137 ヨウ素131 セシウム137
雨水
(Bq/L)
50~1,500 20~400 270~7,000 500
牛乳
(Bq/L)
500~800 250 20~400 170 200 20
土壌
(Bq/m2
25,000 10,000 1,000~12,000 100~1,000 ~5,000
草地
(Bq/m2
20,000 3000 2,000~10,000 800~2,000 200~3,000 40~600
ほうれん草
(Bq/kg)
3,000~10,000 1,000~3,000 300~2,000 400 ~2,000

1986年5月初旬の汚染の比較
出典:Arbeitsgemeinschaft der ökologischen Forschungsinstitute, "Verbraucher-Info Nr. 1", 27. 5. 1986.
Und "Verbraucher-Info Nr. 2", 30. 5. 1986

 この内務省発表までの3週間あまりの間、全く対策しない州から、土壌や農作物までも測定し公開する州まで、様々な対応が見られましたが、その違いには、地理的条件や汚染レベルではなく、政治的・社会的な要因が強く作用していました。

バイエルン州の対応

ドイツ連邦共和国におけるセシウム137による土壌汚染
ドイツ連邦共和国におけるセシウム137による土壌汚染
出典:ドイツ保健省)

 最も汚染が高いドイツ南部のバイエルン州(州都はミュンヘン)は、当時西ドイツ最大の農業生産地でしたが、放射能汚染による農作物の売上への経済的打撃を配慮したのか、州政府による対策は全くされませんでした。
 測定値が発表されたのは、事故から3週間後。その間、汚染された牧草を食べた牛の牛乳や、出穂を控えた小麦の生産が何の対策もないまま続けられ、結果として高く汚染された食品が出回ることとなったのです。保守派政党であるキリスト教民主同盟所属で、原発推進派のボスと言われたシュトラウス州首相(当時)のお膝元であったことも、対策の遅れの一因であったと言われています。

バーデン・ヴュルテンベルク州の対応

 これとは対照的に、ドイツ西部のバーデン・ヴュルテンベルク州では、「食糧・農業・環境・林業省」という、食と環境を包括的に扱う担当省が、4月30日から6月2日まで、大気、雨水、土壌から農作物まで包括的な測定を行い、ほぼリアルタイムで公開しました。この時期に食品まで測定していた唯一の州政府であり、初期の汚染状況を知る貴重なデータとなりました。
 これによると、初期に測定された中でもっとも汚染が高かった食品は、「黒い森」地方の露地栽培の葉物野菜で、ヨウ素131が1kgあたり162,000ベクレル検出されました(5月2日時点)。次に、州南部で生産された牛乳からはヨウ素131が12,000ベクレル、セシウム137が318ベクレル検出されました(5月7日時点)。外飼いの牛乳の方が室内飼いよりも高い汚染であることも確認されています。
 ほかには、バーデン=ヴュルテンベルク州南部に属する都市・ウルムで、パセリからヨウ素131が4,734ベクレル、セシウム137が576ベクレル(5月6日時点)、ドイツ南西端の町・ラドルフツェルで採取されたタンポポからセシウム137が2,340ベクレル(5月15日時点)検出されました。植物がちょうど地上で葉を広げはじめた時期だったので、大気から降下する放射性物質をしっかり受け止めてしまったようです。
 製造工程や生育によって放射性物質を集めやすいものも、測定によって見つかっています。スイス、オーストリアとの国境にあるボーデン湖畔地域の干し草からセシウム137が1kgあたり12,440ベクレル(5月25日時点)、ミュンヘンのキノコからセシウム137と134が合計2,100ベクレル(6月下旬)検出されました(Landesberichte des Ministeriums für Ernährung, Landwirtschaft, Umwelt und Forsten Baden-Würrtenberg, Mai bis Juli 1986)。

環境市民団体の存在のおかげ?

 バイエルン州を始め、ほかの州政府が対応しなかった初期に、なぜバーデン・ヴュルテンベルク州は測定と公開を積極的に行ったのでしょうか。ここでは州都のフライブルク市を中心に、隣接するヴィール村に計画された原発建設に反対する市民運動が1970年代に盛り上がり、1982年に計画を撤回させた実績があります。国境を挟んだ1.5km先のフランス・アルザス地方のフェッセンハイム原発計画に対しても、1971年から反対運動が行われてきました。フライブルク市は「黒い森」の入り口に面した風光明媚な歴史ある大学都市で、ここに多くの学生や知識人が集まり、環境や原発に関する勉強会が頻繁に開かれ、多くの環境リーダーやNGOが生まれてきました。

バーデン・アルザス市民運動資料館に納められた当時のヴィール原発反対運動のポスター

バーデン・アルザス市民運動資料館に納められた当時のヴィール原発反対運動のポスター

ヴィール村の隣ヴァイスヴァイル村役場に掲げられた「フェッセンハイム原発停止」の旗

バーデン・アルザス市民運動資料館に納められた当時のヴィール原発反対運動のポスター

ヴィール村の隣ヴァイスヴァイル村役場に掲げられた「フェッセンハイム原発停止」の旗


 現在の原発の立地は、フライブルク市近郊を含むフランスとの国境のライン川沿いに集中していますので、原発の安全性を疑問視する市民運動や環境運動も、ますます盛んになっています。その存在が、事故に対する州政府の積極的な対応を後押ししたのかもしれません。
 この州政府は、日本の東電福島原発事故後にも劇的な政治変化を遂げることになりますが、それはまた別の話。


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