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「ドイツ市民の食と暮らしの安全づくり」バックナンバー

0012012.08.28UP圧倒的な情報不足

各地で情報が隠された?

ロシアとヨーロッパの汚染状況(出典:オーストリア環境庁)
ロシアとヨーロッパの汚染状況
出典:オーストリア環境庁

 1986年4月26日、旧ソ連(現在はウクライナ共和国)のチェルノブイリ原子力発電所で、炉心溶融ののちに爆発するという深刻な事故が発生し、ヨーロッパ各地で市民が不安のただ中に置かれました。
 原子炉が爆発したことによって放射性物質を含んだ大気の襲来が予想されましたが、西ドイツ(当時)の政府機関は当初、この汚染状況を十分に公開していませんでした。はじめて政府が注意を呼びかけたのは1週間以上たってから。その間、政府スポークスマンの「ドイツには危機はない」(4月30日)や、内務相のツィンマーマンの「コントロール可能な状況」(5月7日)といった発言が続き、正しい情報が全く公開されないか、もしくは小出しに、安心させようとする意図で提供されていました。

 当時のドイツはまだ東西に分割されていましたが、親ソ連だった東ドイツ政府にもモスクワから正確な情報は届かず、事故の第一報は、西側機関であるウィーンの国際原子力機関(IAEA)から、4月28日夜にもたらされました。しかし東ドイツ政府は十分な情報がないにも関わらず、国民には5月2日には「低いレベルで安定した」と報じました。ザクセン・アンハルト州が2002年に行った「チェルノブイリと旧東ドイツ」と題するシンポジウムでは当時の「新ドイツ」新聞(社会主義系の新聞)が分析されましたが、それによると、政府による測定値が東ドイツの新聞で報道されたのは一度だけ。具体的な測定値が新聞に載ることはなかったと報告されています。

 他の東欧諸国でも、ポーランドを唯一の例外として、情報公開は不十分でした。何の手立てもなく通常の食料生産が行われていたのを受けて、EC委員会は5月12日、ソ連および東欧6カ国からの農作物輸入のEC規制を採択。輸出が制限されて食材が国内でだぶついた東欧諸国では、保存可能な缶詰や瓶詰めに加工されて国内に流通し、かなり長期間にわたって食品汚染が尾を引きました。
 ドイツをはじめとした西側諸国でも、この点では同様でした。フランス政府は「放射能は国境を越えることはない」と発言し、初めて測定値を報じたのは事故後15日経った5月11日のことでした。どこの国も、想定外の事故について状況を正しく把握する状態にはなっていなかったようです。

市民のニーズに応えたのは

ニーダーザクセン州オルデンブルクにおける大気圏核兵器実験時とチェルノブイリ事故による土壌汚染の比較
ニーダーザクセン州オルデンブルクにおける大気圏核兵器実験時とチェルノブイリ事故による土壌汚染の比較
出典:オルデンブルク大学)

 この圧倒的な情報不足の前に、市民が頼りにしたのは政府ではなく、各地の研究機関や研究者の測定値と分析でした。
 ドイツ北西部のニーダーザクセン州にあるオルデンブルク大学物理学部に設置された環境放射線分析所には、のべ5万5千件以上の電話での問い合わせがあり、放射能測定所の最新データの閲覧や分析の電話情報サービスが利用されました。また、当時東ドイツ領内で陸の孤島だった西ベルリンでは、市の医師連盟会長のエリス・フーバー医師が呼びかけて、医師らによる事故の規模の把握とそれによる健康被害の見積もりが行われました。結果をまとめた冊子は各地で反響を呼び、3ヶ月で約42,000部発行されました。いずれも、政府機関が発表する安全寄りの見解よりも厳しい現実を示すものでしたが、市民の正しい情報へのニーズに的確に応えたものでした。
 オルデンブルク大学では、過去の大気圏核実験時のセシウム137の降下量との比較が行われました。たった1度の爆発事故で、過去に何度も行われた核実験による降下量をはるかに上回るレベルに達したことが明らかになったのです。


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