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「住んで知った世界遺産・小笠原のリアル」バックナンバー

0052015.05.19UPアカガシラカラスバト、海鳥の姿が戻ってきた - その2

 小笠原に暮らす希少な鳥を守り、鳥を襲うネコをも守る。そんな無理難題を解決する協力者が現れたことは前回(第4回)で記しました。
 その意外な協力者というのは、「社団法人東京都獣医師会(以下、獣医師会)」でした。
 捕獲したネコをどうすればいいのか……。小笠原の島内では関係者たちがさまざまな方法を考えては悩み、行き詰まっていました。島の研究者で作られたNPO法人では、獣医師会に相談の電話をしました。悩みの中、ネコを安楽死させるしかないのだろうかと、重い気持ちでいたときでした。

東京都獣医師会の協力で一気に進んだネコ捕獲

前回(第4回)でカツオドリをくわえていたネコは、捕獲されて東京の獣医の元へ搬送されました。そしてマイケルと名付けられ、毎日人に馴れる訓練をして、3ヶ月が過ぎる頃は人に撫でられてゴロゴロいうようになったそうです(写真提供:小笠原自然文化研究所)。
前回(第4回)でカツオドリをくわえていたネコは、捕獲されて東京の獣医の元へ搬送されました。そしてマイケルと名付けられ、毎日人に馴れる訓練をして、3ヶ月が過ぎる頃は人に撫でられてゴロゴロいうようになったそうです(写真提供:小笠原自然文化研究所)。

 「小笠原の海鳥を守るため、そしてネコのために、動物を専門とする職業人として出来る協力をしましょう」
 電話の向こう側からは、そんな言葉が聞こえてきたのです。

 外来種駆除の方針を決めるのは小笠原に関わっている研究者たちで形成された「科学委員会」ですが、実際に外来種の駆除を行う、つまり命を奪わなければならない作業は島の人々が行っていました。その中には、科学委員会に名を連ねている研究者もいました。やらなければならないこととわかっていても、自らの手で命を奪う作業は、やりきれない思いをもたらします。
 駆除する対象の動物をも考えて動く、このやり方は外来種駆除の中で、初めてのものとなりました。捕獲されたネコは船に乗せられて東京に搬送、獣医師が自分の病院でそのネコを引き受け、人に馴れる訓練をします。どんなに荒々しいネコでも、1ヶ月もすれば人間に馴れてくるそうです。そして、信頼できる人がいれば里親になってもらってもいます。
 もちろん道筋は簡単についたわけではなく、海運会社の協力や6日に1度の船が出航するまで捕獲したネコを一時的に飼養する施設「ねこまち」(写真)の建設を助成した財団や小笠原の官民の組織で構成された「小笠原ネコに関する連絡会議」など、多くの人の協力があって成り立ったものでした。そして、島内でネコを飼っている人は役場に登録し、マイクロチップを挿入、避妊去勢を行うという形も徹底されてきました。

見え始めた結果……鳥が帰ってきた!

ほぼ10年ぶりにかつての営巣地に戻ってきたカツオドリ。ネコがいなくなって安心できる環境になったからです(写真提供:小笠原自然文化研究所)
ほぼ10年ぶりにかつての営巣地に戻ってきたカツオドリ。ネコがいなくなって安心できる環境になったからです(写真提供:小笠原自然文化研究所)

数年前までほとんどの人が見たことがなかった「幻の鳥」アカガシラカラスバトは、ネコが山からいなくなることで確実に増加しています。時にはこんな風景も(写真提供:小笠原自然文化研究所)
数年前までほとんどの人が見たことがなかった「幻の鳥」アカガシラカラスバトは、ネコが山からいなくなることで確実に増加しています。時にはこんな風景も(写真提供:小笠原自然文化研究所)

 その結果は、2010年ぐらいからはっきりと目に見えてきました。まず、ほとんどの住民が鳴き声も知らず見たこともなかったアカガシラカラスバトが、人が暮らしているエリアの近くにたくさん現れるようになりました。その数は毎年激増し、かつては推計40羽と言われていたこの鳥が、今では推計200羽にまで増えたと考えられています。
 そして、鳥の姿が消えた南崎(前回参照)。南崎ではネコを捕獲したのに加えて、ネコが海鳥の繁殖地に入り込まないようにフェンスを設置しました。こうした試みによって、2006年にはオナガミズナギドリが営巣しに戻ってきたのですが、用心深いのか、カツオドリはずっと戻ってきてくれませんでした。それが、ついに2014年、一羽のヒナが親鳥の横にいることが確認されたことは、前回記事でお知らせしたとおり。ヒナは真っ白い羽をしているので、洋上からでもはっきりその姿を見分けることができました!
 海鳥もアカガシラカラスバトも「やってみよう」と取り組んだ結果が目に見え始めています。2007年頃には会話の端にも出なかったアカガシラカラスバトという名前は、島の人たちに公募で名付けられた“あかぽっぽ”という愛称で日常的に人々の話題に上る存在になりました。「この島で一緒に暮らしている仲間」とみんなが普通に思い始めたのです。

 こうした小笠原の取り組みは、同じように外来種対策に取り組むニュージーランドからやってきた視察団からは、「クレイジー!」と驚愕をもって受け止められました。
 でも、これは日本人にはとても納得できるやり方だったのではないでしょうか? もちろん、「じゃあノヤギは殺されるだけでいいのか。なぜネコだけ優遇されるんだ」という声も聞かれました。だけど、ほんの一部でもみんながハッピーになれた事例がある、それがどれだけ外来種駆除に関わった人々の救いになったことでしょう。もちろん、直接関わっていないけれど、島の中でそのヒリヒリした空気を感じていた人たちにも。

父島、母島で捕獲されたネコを、約6日に1便の定期船「おがさわら丸」の運行に合わせるため、一時的に世話をする施設が2010年誕生しました。名称は島の人たちからの公募で決定された「ねこまち」。
父島、母島で捕獲されたネコを、約6日に1便の定期船「おがさわら丸」の運行に合わせるため、一時的に世話をする施設が2010年誕生しました。名称は島の人たちからの公募で決定された「ねこまち」。

父島、母島で捕獲されたネコを、約6日に1便の定期船「おがさわら丸」の運行に合わせるため、一時的に世話をする施設が2010年誕生しました。名称は島の人たちからの公募で決定された「ねこまち」。

いつか命をうばわなくてよい時が来る

移住に際し、私は飼っていたネコを1匹連れていきました。村役場で飼い主登録をして、派遣診療でマイクロチップを挿入していただき、脱走しないようにかなり気を遣いました。
移住に際し、私は飼っていたネコを1匹連れていきました。村役場で飼い主登録をして、派遣診療でマイクロチップを挿入していただき、脱走しないようにかなり気を遣いました。

 「これからは、殺す方じゃなくて、守るものを増やすことをするんだ」と、2008年頃、新しい団体を立ち上げようとしている島の人が当時、話してくれました。その団体の中心となっている人たちもまた、外来種駆除に関わっていました。命を奪わずに小笠原らしさを守りたい、そう聞こえました。

♪潮騒が語りかける 南崎 島影が空に映る 南崎 海鳥が高く低く飛んでいる……
 小笠原の人々に長く愛され、歌い続けられている「南崎」という歌です。南崎に海鳥が舞い飛ぶのは島の人には当たり前の風景でした。その南崎に、長い間の努力によって、再びカツオドリが戻ってきたのです。
 「ガーコ、お帰り!」島の人たちは、カツオドリの島名でそう呼びかけています。
 いつかは南崎に設置されたフェンスを取り外したい。フェンスは取り外しても良い状況を作るために設置されたのですから。その日が近いことを私も願っています。

(提供元が記されていない写真は筆者撮影)


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