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「住んで知った世界遺産・小笠原のリアル」バックナンバー

0032015.01.20UPアカギとノヤギとグリーンアノールの未来

 前回、自然遺産登録のために行われた外来種駆除や山の立ち入り規制などが急スピードで進んだため、住んでいる人たちの「小笠原の未来はこんな島にしたい」という合意を作ることができず、もやもやが残ったということを書きました。
 でも、事業としては至極まっとうに進んで、ある程度の成果も出ていたため、教科書通りの書き方だったら「小笠原はかねてより問題だった外来種駆除に取り組み、特異な自然を守る努力をしている島です」と、キレイにまとめることができるでしょう。
 その裏側で、島に住む人の気持ちはどう動いているか? 特に、外来種云々と言われる前まで、普通に島の生活の中にいた身近な3つの特定外来生物について、多くの人の胸の中に複雑な思いを残したように思います。
 それは植物のアカギ、トカゲの仲間のグリーンアノール、そして野生化したヤギ(ノヤギ)です。アカギとヤギは人間が意図的に持ち込んだもの、グリーンアノールは資材に混入して侵入したものでした。

生き抜くための戦略に長けた アカギ

桑の木山という地名の通り、かつてはオガサワラグワで覆われていたと思われる母島のこの森は今やアカギの純林といってもいいほどアカギに覆われている。写真はボランティアのアカギ駆除の様子
桑の木山という地名の通り、かつてはオガサワラグワで覆われていたと思われる母島のこの森は今やアカギの純林といってもいいほどアカギに覆われている。写真はボランティアのアカギ駆除の様子

 1900年代、燃料にするため沖縄から移入されたアカギは、特に母島の中で広範囲に定着しています。アカギは小笠原固有のオガサワラグワやシマホルトノキ、センダン、モクタチバナなどがあった場所に旺盛な繁殖力で入り込み、場所を奪ってしまいました。その「生きるための力」はある意味、感心してしまうほどです。
 アカギは大量の実をつけますが、それが鳥に食べられ運ばれたり、地面に落ちたりしていち早く発芽し(まるで地面一面に絨毯を敷き詰めたようにアカギの実生だらけになります)、ほかの木の発芽を阻害します。
 この木は切り倒せば切り株の周囲から新しい萌芽を出しますし、根に養分を送らないようにと樹皮をぐるりとはげば、上下からひげ根のような細かい組織を出して無くなった樹皮の機能を補い……というように、なまはんかなやり方では枯殺できません。
 そこで近年取られている方法が薬剤の注入です。木の幹にドリルで穴を開け、そこに一般的な除草剤(グリホサート)を注入、流れ出ないようにコルクでフタをします。この方法は効果的で、薬注されたアカギはまもなく立ち枯れていきました。それが前回写真を載せた灰色になった部分です。
 この光景はやはり衝撃的でした。あれほどの生命力をもったアカギが立ち枯れる、薬剤への漠然とした恐れや、今まで緑だった山がまだら状に灰色になっていることへの不安。口には出さずとも「こんなことしていいのかな」という気持ちが人々の間に通底していったように思います。

一度試しに私も薬剤注入をしてみた。まずドリルでアカギの幹に穴を開ける
一度試しに私も薬剤注入をしてみた。まずドリルでアカギの幹に穴を開ける

注射器のような機材で除草剤を注入し、流れ出ないようコルクで蓋をする
注射器のような機材で除草剤を注入し、流れ出ないようコルクで蓋をする

ノヤギの長い長い鳴き声を聞いて

この写真は1990年頃。一周道路を車で走っているとよくヤギに出会った
この写真は1990年頃。一周道路を車で走っているとよくヤギに出会った

2009年、村民向けに兄島を訪れることができるイベントがあった。ノヤギが完全に駆除され、どれだけ島の自然が戻ったかを見る目的だったが、リュウキュウマツの薬剤注入が行われており、その枯死に目が行ってしまった
2009年、村民向けに兄島を訪れることができるイベントがあった。ノヤギが完全に駆除され、どれだけ島の自然が戻ったかを見る目的だったが、リュウキュウマツの薬剤注入が行われており、その枯死に目が行ってしまった

 野生化したヤギ(ノヤギ)は1830年に初めての定住者がハワイから訪れたとき(やってきたのは欧米・ハワイからの38名)に連れてきたものや、そのあと移入されたものが、終戦の直前頃から戦後の小笠原返還までの空白期に増えた動物です。
 私が最初に小笠原を訪れた24年前は、一周道路を走っていると、中心部以外でよくヤギの姿を見かけました。
 ヤギはその蹄でほとんど垂直のような崖も駆け上り、山の奥にまで行くことができます。草食動物で、彼等が好んで食べるのは、小笠原固有の植物が多かったのです。
 特に兄島や聟島列島では被害が甚大で、媒島でヤギが植物を食い尽くし、赤土がむき出しになった表土が雨のたびに海に流れ込んでいる有様でした。
 こうしたヤギの生態は、小笠原固有の自然を守るには不都合だったのですが、一方で、父島で山に行けばヤギに会うのは島の人には当たり前でもあったのです。
 時々、りっぱな角に神々しいまでのひげを蓄えた、山の神のようなヤギと出会うこともありました。また、私と一緒に初めて小笠原に行った友人は、自然保護について知識を持っている人だったのですが、山の斜面で子ヤギが「ベェーーベェーーー」と親を呼んでいる声を聞いて言いました。
 「島に来る前は、小笠原の自然に影響を与えているヤギはさっさと退治してしまえばいいと思っていたけど、あの声を聞いたら、気持ちが揺らぐ……」
 とはいえ、そのままにしておく訳にはいきません。兄島や聟島列島、弟島では群れを追い込んで柵の中に囲い込み、筋弛緩剤を注射して息絶えさせるという方法で駆除していきました。それによって父島以外の島にはもうノヤギはいません。

「“おくりびと”の作法が必要なのかもしれないですね」といった人

 こう書いてしまうと、まるで外来種駆除に反対しているのかおまえは、といわれそうですが、そうではありません。
 ただ、アカギもグリーンアノール(前回に記しました)も、ノヤギも、人間の活動と一緒に島に入ってきたものであり、彼等(外来種)自身がのぞんでこの島に来たわけではありませんでした。アカギとノヤギについては、特に人間がわざわざ持ち込んできたものです。なのに今、人間が命を奪っているという矛盾。
 この矛盾について、気持ちを落ち着ける道筋をつければ、誰も動揺しなかったのではないかと思うのです。諸外国では、外来種駆除をするときにこのような感情を差し挟むことはないと聞き及びました。でも、日本は昔から、クジラ塚を作ったり、動物実験した動物の慰霊碑を作ったりなど、奪った命に対しての作法を持っていた国だったと思います。
 以前、ある集まりで今まで書いてきたようなことを話す機会があったのですが、そのとき、ある研究者(小笠原の科学委員会にも入っている重鎮の方でした)の方は、「映画でありましたよね、『おくりびと』って。ああいう作業が必要なのかもしれませんね」と私にいいました。
 そういう一段階があったら、当時、島の中に目に見えず底流で広がっていた、自分たちの罪を責めるような気分は薄くなったかもしれない、と思うのです。


(写真はすべて筆者撮影)

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このレポートへの感想

住民の方でしょうか?
ご意見ありがとうございます。ノヤギ供養のこと、不勉強にして知りませんでした。住民も知らない人が多いのでは?広く知られたらよいなと思います。
外来種という言葉についてのご意見も、その通りと思いました。

(2015.01.31)

外来種って言葉自体あまり好きでないです。
ノヤギ駆除は年に一度ですが供養してますよ。
(2015.01.26)

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