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「自然を守る仕事」バックナンバー

0042010.12.14UP“流域”という視点から、人と川との関係を考える-NPO法人職員・阿部裕治さん-

求められているのは、“潤滑油”的役割

阿部裕治さん
阿部裕治さん。1981年岩手県生まれ。2005年にNPO法人鶴見川流域ネットワーキングに就職。流域の生物調査をはじめ、環境学習支援などの流域活動で専門スタッフとして活躍中。

 東京都町田市北部の丘陵地帯を源流に、川崎市や横浜市を通って東京湾へと注ぎ込む一級河川・鶴見川。動物のバクの形にも似た235平方キロメートルに及ぶ流域【1】に188万人もの人々が暮らす、典型的な都市河川である。

 「昭和40-50年代には水質の悪さで有名でしたが、徐々に下水処理施設の整備が進み、昭和60年代以降は水質も改善。現在ではアユやウナギ、ハゼが泳ぎ、にぎやかに暮らすほどきれいになっています」
 と教えてくれた阿部裕治さん。鶴見川流域で活動する43の市民団体と連携しながら、市民や行政、企業とさまざまな流域活動を展開しているNPO法人鶴見川流域ネットワーキング(npoTRネット)で働いている。

鶴見川今ではアユも泳ぐ鶴見川
下水処理施設の完備で水質も向上、今ではアユも泳ぐ鶴見川

 「行政区が人間の決めた単位だとすれば、流域はいわば自然の決めた単位。自然防災や自然の保護はもちろんのこと、川づくりや町づくりを考える上でも、この『流域』という視点が欠かせません」
 川が人間にとって快適で安全であり、生きものが暮らしやすい状態であること。その両立を図るために行われる防災対策や環境対策などの事業の中には、行政区ごとに取り組むよりも、流域として取り組んだ方がいいものがたくさんある。
 「僕たちnpoTRネットに期待されているのは、そういう事業を行う際の市民・行政・民間の“潤滑油”的役割だと思っています」

「鶴見川流域センター」
流域の防災や自然、市民活動を知ることができる流域拠点「鶴見川流域センター」

センター内には、流域の生きものを展示した水槽も
センター内には、流域の生きものを展示した水槽も

本当にやりたい仕事をするためにNPO法人へ

 高校、大学時代は土木を専攻していたが、就職活動が本格化する大学三年頃になって自然環境を保全・復元するような仕事をしたいという自分の思いに気づいた。
 「子どもの頃から母の実家の前を流れる川で釣りをしたり、実家の近くを流れる川岸に秘密基地を作ったり、川で遊ぶことが多かったんです。あれだけ自然に楽しませてもらったのだから、何か自然に対して自分にできることはないだろうかと考えるようになりました」
 ビオトープ管理士の資格を取得したものの、結局希望する企業には就職できなかった。そこで、環境について勉強し直すために東京環境工科専門学校へ進学。在学中、同級生たちと遊びがてら出かけた三浦半島の「小網代の森」で活動するNPOを手伝ったのがきっかけで、npoTRネット代表の岸由二さん(慶応大学教授)と知り合い、この仕事に携わるようになった。
 「岸先生の下で学びたいという思いもあって、卒業後に就職を決めました。NPOについてよく知らない両親は心配だったと思いますが、自分がやりたいことを一生懸命やることが、本当の意味での恩返しに思えたので……自分の思いを貫きました」

人々にもっと鶴見川と親しんでもらえるように

 npoTRネットで働き始めて6年目。クリーンアップ作戦や流域ツーリズム、スタンプラリーなどの流域規模のイベントや、小学校等での環境学習支援、そして鶴見川流域センター(港北区小机)の運営管理と、仕事内容は多岐に及ぶ。
 「生きものの調査が主な担当ですが、皆でいろんな仕事をやりくりしながらやっています。毎日忙しくて、一日があっという間に過ぎていく気がします(笑)」
 阿部さんが今、最も関心を持っているのが環境教育だ。
 「汚い川だと思い込んでいた鶴見川に、実はたくさんの生きものが棲んでいた。それを知ったときの子どもたちの感動を目にするのが好きですね。それに、川の魅力を知った子どもに手を引かれれば、きっと大人たちも川に足を運んでくれるようになると思うんです」
 縁あって関わり始めた鶴見川。流域で生活する人たちには、身近に流れる鶴見川にもっと目を向け、もっと親しんで欲しい、と語る。
 「それぞれの川にそれぞれの特徴があり、文化があります。川と親しむ人が増えれば、地域社会も変わっていくはず。それが僕たちの目指すところです。都市河川の鶴見川ですが、川の学習に関わった子どもたちが、足元にあるちょっとした自然を面白いと感じ、大きくなったときに子どもの頃の自然の体験を楽しく話せるようになる。そういう大人を一人でも増やすこと。それが僕の夢ですね」

河川敷での学習支援。川に棲む生きものについて解説河川敷での学習支援。川に棲む生きものについて解説
河川敷での学習支援。川に棲む生きものについて解説

注釈

【1】流域
地表に降った雨は、重力にしたがって低い方向に流れ、川へと流れ込んで海へと向かう。雨水が川に流れ込む大地のひろがりのことを、その川の流域と呼ぶ。
http://mizujyouhou.ktr.mlit.go.jp/files/ryuiki/ryuiki.htm

必須アイテム

阿部さんの“七つ道具”
阿部さんの“七つ道具”

 小学校などで行う環境学習支援に使用するのが投網タモ網観察用水槽。大勢の前での解説にはハンズフリーマイクも必要だ。河川学習支援や調査などで実際に鶴見川に入る機会も少なくない。その際は胴長、ライフジャケットだけでなく、人が川に流されたときに用いるスローロープ(救助用ロープ)を装備、万一の場合に備える。
 「自然が相手なので油断は禁物です。天気予報などの情報チェックも欠かせません」

ある1日のスケジュール

06:00 起床。仕事内容は日によって異なる。この日は午前中に川崎市内の小学校で環境学習支援の仕事があるため、集合時間に合わせて通常より早めの起床に。

バク号
バク号

07:00 事務所に出勤。前夜のうちに授業で使用する手網やトロ船などの用具を積み込んでおいた「バク号(事務所のミニバン)」を運転して目的の小学校へ。

08:00 他のスタッフと合流。7人で授業の準備を始める。

08:45 小学校5年生4クラス130人を対象に授業開始。学校ビオトープに棲む生きものの観察がこの日のテーマ。「最初は泥を触るのさえ嫌がっていた子どもたちが、メダカやヤゴなどの生きものを見つけると目を輝かせて喜ぶんですよね。その様子を見るのがこの仕事の醍醐味ですね」

13:00 後片付けをしてから、学校を退出。途中で昼食をすませて事務所へ。

14:00 午後からは主にデスクワーク。連絡は主にメールで行っているため、まずはメールチェックをする。その合間に午前中実施した環境学習支援の事業報告書を作成。

17:00 学校の先生たちとの電話連絡が可能になるのは、児童たちが下校する夕方頃から。次回の学習支援の細かい内容を電話で打ち合わせ。その後、夕食をとりにいったん外出。

21:00 退社。「大きなイベントが近づくと、準備に追われて真夜中過ぎまで残業することもあります。でも、やらされている仕事とは感じていないので、残業とは思わないですね」

24:00 就寝。

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このレポートへの感想

このアユがきれい
(2019.06.12)

就職に失敗し、人生を見直している25歳です。
阿部さんと同じように、TRネットに若干関わっていたこともあります。
阿部さんの体験を読んで、もう一度、学び直してもいいかと考えを改めました。ありがとうございます。
これからもがんばってください。
(2011.08.16)

川と子供たちを結ぶ大切なお仕事だと思います。

怪我のないよう、頑張って下さい!
(2011.01.11)

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バックナンバー

  1. 001「身近にある自然の魅力や大切さをひとりでも多くの人に伝えたい」 -インタープリター・工藤朝子さん-
  2. 002「人間と生き物が共に暮らせるまちづくりを都会から広げていきたい」 -ビオトープ管理士・三森典彰さん-
  3. 003「生きものの現状を明らかにする調査は、自然を守るための第一歩」 -野生生物調査員・桑原健さん-
  4. 004「“流域”という視点から、人と川との関係を考える」-NPO法人職員・阿部裕治さん-
  5. 005「日本の森林を守り育てるために、今できること」 -森林組合 技能職員・千葉孝之さん-
  6. 006「人間の営みの犠牲になっている野生動物にも目を向けてほしい」 -NPO法人職員・鈴木麻衣さん-
  7. 007「自然を守るには、身近な生活の環境やスタイルを変えていく必要がある」 -資源リサイクル業 椎名亮太さん&増田哲朗さん-
  8. 008「“個”の犠牲の上に、“多”を選択」 -野生動物調査員 兼 GISオペレーター 杉江俊和さん-
  9. 009「ゼネラリストのスペシャリストをめざして」 -ランドスケープ・プランナー(建設コンサルタント)亀山明子さん-
  10. 010「もっとも身近な自然である公園で、自然を守りながら利用できるような設計を模索していく」 -野生生物調査・設計士 甲山隆之さん-
  11. 011「生物多様性を軸にした科学的管理と、多様な主体による意志決定を求めて」 -自然保護団体職員 出島誠一さん-
  12. 012「感動やショックが訪れた瞬間に起こる化学変化が、人を変える力になる」 -自然学校・チーフインタープリター 小野比呂志さん-
  13. 013「生き物と触れ合う実体験を持てなかったことが苦手意識を生んでいるのなら、知って・触って・感じてもらうことが克服のキーになる」 -ビジターセンター職員・須田淳さん(一般財団法人自然公園財団箱根支部主任)-
  14. 014「自分の進みたい道と少しかけ離れているようなことでも、こだわらずにやってみれば、その経験が後々活きてくることがある」 -リハビリテーター・吉田勇磯さん-
  15. 015「人の営みによって形づくられた里山公園で、地域の自然や文化を伝える」 -ビジターセンター職員・村上蕗子さん-
  16. 016「学生の頃に抱いた“自然の素晴らしさを伝えたい”という夢は叶い、この先はより大きなくくりの夢を描いていくタイミングにきている」 -NPO法人職員・小河原孝恵さん-
  17. 017「見えないことを伝え、ともに環境を守るための方法を見出すのが、都会でできる環境教育」 -コミュニケーター・神﨑美由紀さん-
  18. 018「木を伐り、チップ堆肥を作って自然に返す」 -造園業・菊地優太さん-
  19. 019「地域の人たちの力を借りながら一から作り上げる自然学校で日々奮闘」 -インタープリター・三瓶雄士郎さん-
  20. 020「もっとも身近な、ごみの処理から環境に取り組む」 -焼却処理施設技術者・宮田一歩さん-
  21. 021「野生動物を守るため、人にアプローチする仕事を選ぶ」 -獣害対策ファシリテーター・石田陽子さん-
  22. 022「よい・悪いだけでは切り分けられない“間”の大切さを受け入れる心の器は、幼少期の自然体験によって育まれる」 -カキ・ホタテ養殖業&NPO法人副理事長・畠山信さん-
  23. 023「とことん遊びを追及しているからこそ、自信をもって製品をおすすめすることができる」 -アウトドアウェアメーカー職員・加藤秀俊さん-
  24. 024「それぞれの目的をもった公園利用者に、少しでも自然に対する思いを広げ、かかわりを深くするためのきっかけづくりをめざす」 -公園スタッフ・中西七緒子さん-
  25. 025「一日中歩きながら網を振って捕まえた虫の種類を見ると、その土地の環境が浮かび上がってくる」 -自然環境コンサルタント・小須田修平さん-
  26. 026「昆虫を飼育するうえで、どんな場所に棲んでいて、どんな生活をしているか、現地での様子を見るのはすごく大事」 -昆虫飼育員兼インタープリター・腰塚祐介さん-
  27. 027「生まれ育った土地への愛着は、たとえ一時、故郷を離れても、ふと気付いたときに、戻りたいと思う気持ちを心の中に残していく」 -地域の森林と文化を守るNPO法人スタッフ・大石淳平さん-
  28. 028「生きものの魅力とともに、生きものに関わる人たちの思いと熱量を伝えるために」 -番組制作ディレクター・余座まりんさん-
  29. 029「今の時代、“やり方次第”で自然ガイドとして暮らしていくことができると確信している」 -自然感察ガイド・藤江昌代さん-
  30. 030「子ども一人一人の考えや主張を尊重・保障する、“見守り”を大事に」 -自然学校スタッフ・星野陽介さん-
  31. 031「“自然体験の入り口”としての存在感を際立たせるために一人一人のお客様と日々向き合う」 -ホテルマン・井上晃一さん-
  32. 032「図面上の数値を追うだけではわからないことが、現場を見ることで浮かび上がってくる」 -森林調査員・山本拓也さん-
  33. 033「人の社会の中で仕事をする以上、人とかかわることに向き合っていくことを避けては通れない」 -ネイチャーガイド・山部茜さん-
  34. 034「知っている植物が増えて、普段見ていた景色が変わっていくのを実感」 -植物調査員・江口哲平さん-
  35. 035「日本全国の多彩なフィールドの管理経営を担う」 -国家公務員(林野庁治山技術官)・小檜山諒さん-
  36. 036「身近にいる生き物との出会いや触れ合いの機会を提供するための施設管理」 -自然観察の森・解説員 木谷昌史さん-
  37. 037「“里山は学びの原点!” 自然とともにある里山の暮らしにこそ、未来へ受け継ぐヒントがある」 -地域づくりNPOの理事・スタッフ 松川菜々子さん-
  38. 038「一方的な対策提案ではなく、住民自身が自分に合った対策を選択できるように対話を重ねて判断材料を整理する」 -鳥獣被害対策コーディネーター・堀部良太さん-

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