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「館山まるごと博物館」バックナンバー

0062020.07.07UP令和元年房総半島台風の災禍

 原稿を書いている現在、熊本県をはじめ全国各地に起きた甚大な豪雨災害に心を痛めています。コロナ禍の避難生活で、三密を避け安全を確保することが困難なことと推測し、心よりお見舞い申し上げます。被災者と駆けつけたボランティアの皆様の御加護を祈念しております。

房総半島を直撃した台風

 昨2019年9月9日(月)未明、観測史上最速といわれる強大な台風15号が房総半島を直撃し、当地でも未曽有の被害がもたらされました。さらに10月13日(日)に台風19号、10月25日(金)台風21号と続き、その間にも豪雨が繰り返し起き、激甚被害に拡大しました。被災格差は大きく、すぐに日常生活を取り戻した方もいる一方で、1年近く経った今なお、自宅の修理や再建の目途が立っていない方もいます。
 当地の被害は多くが屋根瓦の損壊だったので、河川氾濫を伴う水害に比すれば、被害の規模が小さく感じられます。しかし数ヶ月にわたり繰り返された雨漏りは、屋内が乾く間もなく、天井裏や壁内などの目に見えないカビ被害が懸念され、それは深刻だといわれました。世界的な異常気象に加え、新型コロナウィルスの世界的パンデミックスの陰で風化させないためにも、ここに記録を残したいと思います。

倒れたサイカチの木

倒れたサイカチの木

ビニールハウスの被害

ビニールハウスの被害

 15号前夜からの暴風雨は、日付が変わって午前2時に停電となりました。朝になると、あちこちで屋根瓦や門扉が吹き飛んだり、バス停やフェンスも倒れて曲がったりしていました。木造2階建て1階部分の当NPO事務所も、屋根瓦が割れて落下し、時間経過とともに雨漏りがひどくなっていきました。什器備品・資料・書籍などを守るために、室内にもブルーシートを張り、雨水をバケツに流し込みました。その後も続いた激しい風雨のたびに、屋根に張ったブルーシートは剥がれて雨漏りが広がり、カビが発生しました。10月下旬には引っ越さざるを得なくなり、半年後には解体され更地になりました。
 台風直後の停電は、地区によっては1週間から1ヶ月近く続き、まだら停電が続いた集落もありました。車のシガレットライターで充電しながら、インターネットで確認する限り、千葉県南部の被害はほとんど報道されていませんでした。冷房も冷蔵庫も使えない猛暑のなか、壊れた家の住民は片付けも捗らず疲弊し、支援の手も入らず途方にくれていたのです。
 東日本大震災のときTwitterの拡散で救われた友人の経験から教訓を得ていた私は、台風明けの初日から精力的にTwitterを発信し続けました。ようやく深刻さが報道されたのは、被災から4日後のことでした。

NPO事務所

NPO事務所

NPO事務所(内部)

NPO事務所(内部)

被災ゴミ

被災ゴミ

布良﨑神社の復興まちづくり

 最も被害の大きかった最南端の布良(めら)という集落では、約8割の住宅が被災し、その状況は市街地の比ではありませんでした。さらに停電だけでなく、固定電話も携帯も1週間以上つながらず、情報過疎となって孤立しました。
 私たちが運営するまちづくり活動の拠点、築130年の青木繁「海の幸」記念館(小谷家住宅・館山市指定有形文化財)は、屋根瓦が20数枚落下し、庭木が倒れました。けれども、全国の美術関係者からの募金で半解体の修復工事を4年前に済ませていたため、被害は小さく済みました。
 隣接する布良崎神社では、御神木4本が倒れ、拝殿も日に日に傾いていきました。神輿蔵は倒潰し、青木繁『海の幸』のヒントになったといわれる神輿も大きく損傷しました。2ヶ月後、漁村の人びとは、心の支えである神社の再建・神輿の修復を目ざして立ち上がりました。倒れた御神木から木札を作り、貝殻を磨いてお守りを作り、4,000万円の復興基金を募り始めました。春からは新型コロナウィルス感染拡大による緊急事態宣言で参拝客が来訪せず、挫けそうになりながらも諦めずに、励まし合い頑張っています。
 布良のランドマークである安房自然村のロッジ風ホテルは、吹き抜けの窓ガラスが竜巻風に割られ、巨大な三角屋根が飛ばされました。6万坪の山林は、4年前から私たちが手作りで遊歩道を整備していたのですが、倒木だらけとなり、常緑樹の森は禿げ山になりました。

布良


布良崎神社

布良崎神社

布良崎神社(倒潰した神輿蔵)

布良崎神社(倒潰した神輿蔵)

布良崎神社(神輿)

布良崎神社(神輿)


布良崎神社の木札と貝守り

布良崎神社の木札と貝守り

布良(安房自然村)

布良(安房自然村)

山林の倒木

山林の倒木


文化財レスキュー

 NPOフォーラムが第2事務所にしていた布良の古民家「名主の館」も屋根が吹き飛び、室内は無残に荒れました。ここでは、重要な歴史資料の仕分けと調査研究を進めていた最中だったので、翌々日には水没した古文書を1枚ずつ拾い、レスキューに取り組みました。専門家の助言を仰ぎ、状況の酷い資料は冷凍保存にして、半年後に解凍し、調査を再開しています。
 また、千葉県指定有形文化財の旧県立安房南高校の木造校舎は、屋根瓦に大きな穴があき、数ヶ所は窓枠ごと落下していました。10年前に統廃合となった空き校舎で、10月には一般公開の見学会が予定されており、当NPOが運営を委託されていたのです。被災5日目から文化財専門家が仮修復に入り、私たちもボランティアを募って、割れた窓ガラスや雨漏り処置などをしました。けれどその翌日にはまた豪雨が重なり、雨漏りはどんどん広範囲に広がりました。床が磨き上げられていた廊下も教室も、プールのようでした。見学会は中止となり、ようやく修復工事が完了したのは3月末でした。


古文書レスキュー

古文書レスキュー

NPO第二事務所

NPO第二事務所


安房南高校

安房南高校

安房南高校

安房南高校


安房フォーラム支援隊

海外からのボランティア

海外からのボランティア

 未曾有の災禍となりましたが、半島先端部では工務店や屋根業者などが足りず、修理の順番待ちは1年以上とも言われていました。社会福祉協議会にボランティアセンターが設置されましたが、続く台風19号21号で甲信越から東北までの広域災害となったため、さらに需要と供給が間に合わず、ボランティアも数百件待ちとなりました。
 そんななか、私たちはキリスト教系のボランティア団体OBJ(NPO法人オペレーション・ブレッシング・ジャパン)の方たちと出会いました。社協とは別の動きで、リーダーが館山に長期滞在し、全国からネットワークのボランティアを受け入れるシステムだといいます。私たちは、本来業務であるスタディツアーガイド事業が出来なくなっていたため、私設ボランティアセンターの窓口を引き受けることにしました。
 「安房フォーラム支援隊」と命名し、連携団体のメンバーで緊急性の高い被災者を優先的にサポートする活動を始めました。OBJをはじめ、CWSジャパン、CRASHジャパン、キリスト教会・広島災害対策室・呉ボランティアセンター、救世軍愛光園、サマリタンズパースなどの国内外の支援団体から基金を募り、牧師や信徒の皆さんが次々と奉仕作業に駆けつけて下さいました。広島の若い大工チームによる「屋根プロジェクト」も生まれ、ボランティア講習会も開きました。どれほど救われ、勇気づけられたか計り知れません。NPO事務所引越も手伝っていただき、本当に助かりました。
 また、看護師や精神保健福祉士などの医療系の災害支援団体の方々とも連携を図り、戸別訪問や健康相談サロンなどを開催しました。平時から生活困窮者の方は、災害によってさらに状況悪化しがちですが、見落とされやすいということも知りました。私たち自身が被災者であり、微力ながらも支援者の立場も経験するなかで、様々な課題に直面しました。


安房フォーラム支援隊の大工チーム

安房フォーラム支援隊の大工チーム

ボランティアのカビ取り作業

ボランティアのカビ取り作業


ボランティア講習会


新型コロナウィルスを乗り越えて

 まもなく台風災害から1年が経ちます。新たな復興の一歩を踏み出し始めていたところへ、新型コロナウィルスの影響で地域社会全体が困惑しています。NPOでも、主たる収益事業であるツアーガイドは皆無となっているため、会員や支援者の温かい会費や寄付に頼って運営を賄っています。
 さらに異常気象の続く昨今、再び台風シーズンを迎えるにあたり、3密を踏まえた避難所対策も求められるなど、複合的な課題が山積しています。しばらくは祭礼やイベントの中止も余儀なくされていますが、自粛期間中は来られなかったボランティアも少しずつ戻ってきています。市民有志によるすてきな復興ソングもできあがりました。多くの出会いとエールに励まされて笑顔を取り戻し、災い転じて福と成るよう、前を向いて歩いています。

災害復興の集い

災害復興の集い

被災者の健康サロン

被災者の健康サロン

被災者のXmasサロン

被災者のXmasサロン


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