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「ドイツ黒い森地方の地域創生と持続可能性」バックナンバー

0062019.05.21UP生物多様性の損失を止めよ!

 過去50年間に起こった人間の様々な活動による自然の(ネガティブな)変化は、歴史上類がない。近年の種の絶滅度合いは、過去1000万年の平均と比べて10?100倍ある。このままの状態が続くと、あと数十年の間に、全生物種の25%、およそ100万生物種が絶滅する恐れがあり、これは人間の生存基盤が大きく損なわれることを意味している。この危機を防ぐためには、社会、経済、政治、テクノロジーの分野を包括する、根本的な改変が必要である。

 上記は、4月29日から5月4日までパリで開催されたIPBES(=生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム)の総会後、5月6日に公表された学術報告書要約版の中の主要メッセージである。約3年間、145人の各国の学者が、世界中の約15,000の学術データと政府レポートをもとにまとめ上げたものである。

生物多様性の損失は、気候変動と同じくらい大きな脅威!

 2010年に名古屋で開催された国連生物多様性条約締約国会議(COP10)で決められた20の個別戦略目標(愛知目標)のうち、これまで達成されたのは4つのみ、残りのほとんどは、今回の学術報告書によると、ターゲットの2020年までに達成の見込みはほとんどない。
 生物種絶滅のスピードは加速している。IPBES報告書作成のリーダーであるロバート・ワトソン氏は、「生物多様性の損失は、気候変動と同じくらい、人間にとって大きな脅威」と表現し、人間が、自身の経済活動や健康で安全な生活の基盤を、自ら破壊している危機的な状況に警鐘をならした。
 完全版約1700ページに渡るIPBES報告書は、2020年10月に中国の混明市で開催の締約国会議(COP15)にて決議予定の「2030年戦略目標」を決めていくためのベース資料となる。

ドイツで過去27年間で飛行昆虫バイオマスが75%減少!

 筆者が住むドイツ国内においては、生物多様性損失を止めるための重要な分野として、農業が大きなテーマになっている。工業大国として有名なドイツであるが、農地が国土の約4割を占める農業大国でもある。過去数十年の間で広がったモノカルチャー、農薬、化学肥料の普及は、生物多様性を減少させる大きな原因であると推測されている。
 その根拠の一つになっているのが、2017年に著名な学術ジャーナル「PLOS ONE」に掲載された論文「More than 75 percent decline over 27 years in total flying insect biomass in protected areas(27年間で飛行昆虫バイオマスの75%が減少)」である。1989年から2015年の間、ドイツの西部と東部の自然保護地域内60箇所の様々なタイプの草地の実測データに基づいている。どのタイプの草地においても、同様の減少傾向が観測されていることから、ドイツ全土に広げて言えること、として2年前から社会のなかで大きく問題視されている。
 27年間で75%の飛行昆虫バイオマスの減少の原因に関しては、研究レポートのなかでは、はっきりと断定されていないが、調査地の90%が、集約的な農業が行われている場所に隣接していることから、農業が主要な原因である可能性が高いと指摘されている。
 昆虫類は、種の数では、動物種の6割を占める。多くの生物は昆虫に頼って生きている。例えば、魚、両生類、爬虫類、鳥類には、昆虫を重要な食料源として生きているものが多い。また90%の野生植物(草木花類)、そして70%の農業用植物は、その生殖において昆虫による受粉に依存している。さらには、昆虫は糞や死んだ生物が土に還るための重要な「分解者」でもある。昆虫の減少は、人間を含め多くの生物の生存に、ダイレクトに深刻な影響をもたらし、生態系の機能にダメージを与える。
 ドイツだけなく、世界レベルでも同様の昆虫減少の傾向があることが、今年4月、学術誌「Biological Conservation」に掲載されたSánches-Bayo(サンチェス-バヨ)らの論文で示された。それによると、全世界で、40%の昆虫が減少傾向にあり、30%が絶滅の危機に瀕しており、年々、昆虫バイオマスが2.5%減少している。これが続けば、100年後には昆虫が死滅してしまうことになる。この論文の筆者代表フランシスコ・サンチェス-バヨ氏は、「昆虫の死滅が止められなければ、地球のエコシステムと人間の生存にとって、とても悲惨な状況をもたらす」と発言している。

受粉を役割を担うハチ

受粉を役割を担うハチ

畑の側の花の咲く草地

畑の側の花の咲く草地

高木の果樹の草地 ─多様な生態系を生み出す南西ドイツの伝統的な農耕景観

高木の果樹の草地 ─多様な生態系を生み出す南西ドイツの伝統的な農耕景観

生物多様性の維持を求める国民請願!

「ハチを救え!」ミュンヘンでのキャンペーン風景_Georg Kurz

「ハチを救え!」ミュンヘンでのキャンペーン風景_Georg Kurz

 生物多様性損失の傾向に歯止めをかけるためのドイツでの取り組みは、環境保護団体や地方公共団体、農家などの自発的なものなど、ドイツ各地に広がっているが、今年2月、バイエルン州では「国民請願」があった。これは、バイエルン州のエコロジカル民主党(ÖDP)、緑の党、鳥類保護団体が一緒に行ったもので、4ページの請願書には、州自然保護法の具体的な改正案が書かれている。エコ農地の増加(現在の10%を2035年に20-30%に)や、緩衝帯、利用制限など、農地の自然保護目標や利用規制も盛り込まれており、農業にも大きな変革が求められる内容である。「国民請願」として法案を州議会に提出するためには、有権者の10%以上の署名を集めなければならないが、「ハチを救え!」のキャッチフレーズにより州全域で行われた2週間のキャンペーン活動で、有権者の18%にあたる約180万人の署名が集まるという州の最高記録が達成された。
 この多数の支持者による国民請願を受け、バイエルン州政府は4月4日、請願に書かれている法改正案を議会で審議していくことを決定した。大きな影響を受けることが予想される農業者の代弁団体であるバイエルン州の農民連盟は、生物多様性の維持に関しては、受粉昆虫など、農業の維持にも直接関わってくることであるので、賛成であるが、法律によって「上から規制する」ことに対して懸念を示し、署名のキャンペーン期間中、反対運動を繰り広げていた。しかし現在、農民連盟も含むあらゆる団体の代理者や専門家総勢140人が、複数部会からなる法律改正のためのワーキンググループのメンバーとして一緒のテーブルについている。プレスリリースによると、概ね「建設的」な話し合いで会議が進んでいるようである。。
 筆者の住むバーデン-ヴュルテンベルク州でも、「バイエルンに続け」と類似の国民請願の署名キャンペーンが5月19日から始まった。


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